第3話 ライバル探偵登場

『今宵二十一時、黄金のスカルを頂きに参ります。怪盗エトワール』


 その予告状がだされたのが、その日の夕方のことだった。


 例によって別の事件に駆り出されていた丹葉は、それはもう大急ぎで事件を解決し、警視庁捜査一課の知り合いの刑事に法定速度ギリギリで運転させ、なんとか予告時間前に現場に到着することが出来た。


「お待たせしました、飯田警部」

「おお、丹葉探偵! 今回も急にお呼びだてしてしまってすいません」


 警視庁捜査二課の警部、飯田が笑顔で丹葉を迎え入れる。

 丹葉も笑顔で返そうとしたが、強い海風に髪が煽られた。髪を整えながら、海に目をやる。


「それにしても、こんなところに美術館なんてあったんですね」

「ええ、なんでも海に関係する美術品を取り扱っているらしく。今回怪盗が狙っている黄金のスカルも、その昔海賊が所有していたものだとか」


 飯田の説明に丹葉はそうなんですね、と返す。頭の中では海賊コスプレをしたエトワールが黄金のスカルを持っている姿を想像し、生唾を飲み込んだ。似合いすぎる。


「探偵殿?」

「えっああ、いや、何でも」


 丹葉の態度に不思議そうにする飯田を誤魔化しつつ、丹葉はもう一度海を見た。生憎夜では暗く海は見えないが、多くの船の明かりでその現状はよく見えた。


 今回エトワールが挑戦する美術館は海の傍に建てられたものだ。

 当然警察は海から怪盗がやってくる可能性も考え、船を多く出して警戒を行っている。砂浜にも多くの警官が見回っており、怪盗の侵入は難しいように思えた。


「(確かに海からの侵入は難しそうだ……だが何も海の傍だからといって海から来る必要は全くない。普通の怪盗ならば海と見せかけて陸から、となるだろう。だが相手はエトワール……何も考えずに海から来る可能性も十分にある。くそ、読めない! 一体どこから来るつもりなんだ……⁉)」


 丹葉としては警察を欺くためにも先にエトワールの手の内を知っておく必要がある。しかし、ポンコツ怪盗の思考を読み取ることは天才探偵丹葉にとって容易ではなかった!

 だが、怪盗と対決する探偵である限りは、警察に頼られることは必須であった。


「それで探偵殿。一体怪盗はどこから来ると思いますか?」

「そ、そうですね……」


 飯田の質問に丹葉は口ごもる。その時、二人に近づく人影があった。


「海、でしょう」

「あ、貴方は!」

「ん?」


 突然現れた人物に飯田は驚きの声を上げ、丹葉は首を傾げる。

 白いスーツの男は中指で眼鏡をクイッと上げると、丹葉に手を差し出した。


「初めまして、丹葉さん。私は來羽らいばるい。貴方と同じ、探偵です」

「探偵、だと……?」


 差し出された來羽の手は握らず、丹葉は飯田の方を見た。飯田は罰が悪そうにしながらも來羽を紹介した。


「おっしゃる通り、來羽探偵は警察うちが依頼した探偵です」

「同じ現場に探偵が二人必要なんですか?」

「そ、それは……」


 丹葉の強い口調に飯田は口ごもる。

 丹葉としては別の探偵が用意されたことがプライドに触った。探偵として、信用されていないということと同義だからだ。

 來羽は差し出していた手を軽く振り、ふっ、と笑って腕を組んだ。


「貴方が不甲斐ないからですよ、丹葉さん」

「……何だと」


 低く応える丹葉を見下したような目で見て、來羽は続ける。


「貴方の今までの実績は認めましょう。確かに貴方は名探偵だ。ですが、こと怪盗エトワールに関しては連戦連敗。一度だって奴を止められていない」

「…………」

「反論もなさらないんですね」


 反論できるわけがなかった。何しろ丹葉はわざとエトワールを逃がすどころか、エトワールが無事に盗めるようにフォローをしているのだから、捕まえられなくて当然である。

 飯田は言い訳のように付け加える。


「……上から言われたんです。いくら盗まれたものが返ってくるとはいえ、このままだと警察の沽券に関わる、と……。私は勿論丹葉探偵にお任せしたいのですが、上が彼に連絡しまして……」

「ふふ、私は警察上層部と知り合いなものですから。警部止まりの貴方と違って」


 はははは、と笑う來羽に、丹葉どころから飯田もぎりりと歯がみした。

 ちなみに、飯田が言った『盗まれたものが返ってくる』というのは事実である。


 怪盗エトワールは目立ちたがりで、スリルを感じたいがために怪盗業をしているので、実は美術品にはあまり興味がない。

 なので後日様々な方法で盗んだものを元の美術館に返しているのだった。

 そういうところが丹葉の推しポイントの一つでもあったりする。


「まあ、今回は全て私にお任せください。必ずや怪盗エトワールを捕まえて見せますよ」

「……本当に任せてもいいんですね?」


 ぎりりとなりながらも飯田が訪ねる。來羽は眼鏡をあげながら頷いた。


「勿論です。エトワールのことは既にリサーチ済みです。奴の行動は私の手の内ですよ」

「(はああ⁉ なんだこいつ! こちとらデビュー日から応援してるつっーの! お前なんかがエトワールの何をわかるってんだよ! ニワカがっ!)」


 丹葉は頭の中で來羽の肩を激しく揺すった。少々同担拒否気味なのである。

 とはいえ、頭の中で喧嘩を売っていたところで現状は何も変わらない。


「(このままだとエトワールがニワカくそ野郎に捕まってしまう。それは避けたい。ここは……)勝負しないか」


 丹葉の言葉に來羽がピクリと反応した。


「勝負?」

「どちらが先にエトワールを捕まえられるか」


 丹葉の考えは勝負という形で自分も積極的に参加することで、いつも通りにエトワールのフォローをしようということだった。

 難点と言えば來羽の妨害もしないといけないということであるのだが、推しのためなら乗り越えてやろうという心積もりだ。


「……いいでしょう」

「決まりだな」


 來羽が頷いたことで、丹葉もにやりと笑った。

 と、背を向けようとした丹葉を來羽が止めた。


「あの、賞品はないんですか? 勝負なのだから、何かあったほうがやる気も出るでしょう」

「(俺としてはこいつからエトワールを守りたいだけだから何でもいいんだが)……そうだな、勝ったほうが負けたほうに何でも一つ言うことを聞かせられる、とかでいいんじゃないか」


 適当に言ったことであった。正直どちらも捕まえられないようにするのだから、丹葉にとっては賞品なんてあってないようなもの。

 だが、來羽は違った。


「……ふ、ふふふふ」


 突然、顔を下げて笑い出したのだ。


「な、なんだ?」


 不気味なものを感じ、丹葉は一歩後ずさる。來羽はがばりと顔を上げると、その瞳に丹葉を捕らえた。


「負けませんよ。必ず、私が勝ちます」


 こいつ、本気だ。

 來羽の燃える闘志のせいなのか、丹葉は背筋にぞわりとしたものを感じたのだった。

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