第2話 探偵が推す理由
「くそっ、予告時間まであと十二分か……」
飯田がそう零した時、現場についていた丹葉は怪しい人物を見つけた。マスクに帽子の制服警官である。
丹葉はこれがエトワールであると見抜いていた。背格好、雰囲気、何より目元しか見えていないが、その顔を知っていた。明らかにエトワールである。
変装しているということは、正面から美術館に入り、盗む。そして今日の美術館の構造からいって、帰りは上空から逃げるであろうということを推理した。
であれば、エトワールの盗みを成功させるためには飯田達を逆の方に誘導させる必要があった。
だから丹葉はまず屋上に飯田達を行かせ、正面を手薄にした。そして入り口の警備を躱させる。
階段で拾った鍵は憂いの女神像のケースの複製した鍵である。それに気づいた丹葉はエトワールに鍵を返し、二階の警官を別の場所へ誘導した。
その隙にエトワールは憂いの女神像を手に入れたのだ。
そしてエトワールを無事に返すためには、今度は屋上をあけなければならない。
丹葉は飯田達を呼び寄せ、盗まれた後のケースを見せる。電話の時に盗まれたことを言わなかったのは、エトワールが逃げる時間をあらかじめ稼いでおくためである。
わざわざケースをじっくり見せることで時間を稼ぎ、その間にエトワールは屋上へ。
丹葉は部屋のエトワールの痕跡を消し、エトワールは無事逃げおおせたというわけだ。
髪の毛を拾っていたのは決してコレクションのためではない。決して!
「(はあ~~~ッ! 無理して間に合わせてよかったー! エトワールのライブ(盗み)はいつも突然だからな……今回こそは間に合わないかと思ったー!)」
胸に手を当て、丹葉はほっと息を吐く。そして先ほどのエトワールを思い出して喜びをかみしめた。
「(さっき絶対俺のこと見たよな、見て笑ったよな。あああ~! ファンサえぐい~! こんなんもっと好きになる! かっこよすぎる!)」
きゃあーっと、顔を覆い、そしてはたと、その手を見る。
「(そういえば、さっき鍵返す時に手握っちゃった……あれいやだったかな、驚いてたし……でも、綺麗な手だったなああ! 大事な鍵落とすとこもかわいいいい!)」
こらえきれずばたばたと地団駄を踏む丹葉だが、その姿を見ているものは幸運にもいない。
「(ていうか警察コスプレ良すぎるな……。目深にかぶった帽子からちらっと見えるあの顔の良さよ……ほんと良い……あの顔の良さでおっちょこちょいのところがほんといい……)」
なぜ探偵である丹葉が怪盗の手助けをするのか、その理由はここにあった。
初めて怪盗エトワールが盗みを働いた時、その生来のおっちょこちょいと、計画性のなさで、簡単に丹葉に追い詰められたのだった。
こんなに手ごたえのない怪盗は、丹葉にとって初めてだった。
今まで丹葉は様々な怪盗を相手にしてきた。そのどれもが完璧な計画、完璧な手法で潜りこみ、鮮やかな技術で盗みを働いていた。
だが天才探偵丹葉にとっては、敵ではなかった。むしろ完璧すぎだのだ。完璧な探偵と、完璧な怪盗では、思考があまりにも似ていた。
手に取るように怪盗達の思考が読み取れ、丹葉は悉く怪盗達の逮捕に協力していった。
だがしかし、この怪盗エトワールはあまりにも手ごたえがなさ過ぎた。むしろミスや粗が多く、逆に思考が読みづらい。
一人きりでエトワールを追い詰めている今の現状も、丹葉への罠ではないかとさえ疑ってしまう。
冷や汗をかく丹葉に、怪盗は言った。
「俺をここまで追い詰めたのは、あんたが始めてだ」
「……君は、何者だ」
「ふっ、予告状に書いただろう? 俺は、怪盗エトワー」
その時だった。銀色の仮面のせいか、月の光が仮面に反射し光ったことで、カラスが飛んできてエトワールの仮面をはじいた。
「うわっ!」
エトワールが短く悲鳴を上げ、帽子が飛び、仮面がからからと地面に落ちる。
仮面を見て、次にエトワールの顔を見て、丹葉は目を丸くした。
あまりにも、イケメンだった。
黒髪が艶やかで、目鼻筋がすっと通っており、睫毛が長く、瞳は意志の強さが感じられるオニキスで。
丹葉が今まで見たどの人物より顔が整っていた。
丹葉は自分の顔の良さも理解しているが、エトワールに比べたら足元にも及ばないとさえ思った。
正直、めちゃくちゃ好みの顔である。
「やべっ」
呆けてエトワールの顔を見ていた丹葉だが、対してエトワールは慌てて顔を隠した。
そうだ、顔を見られて正体がバレたくないから仮面をしているんだ。俺が見たことが本人にバレたら、エトワールは怪盗を辞めてしまうかも知れない。
そう思った丹葉は、咄嗟に顔を隠して見てないフリを決めこんだ。
「う、うわあ! 眩しくて目がくらむ、何も見えない! 見えなかったあ!」
大げさに地面に膝をつく丹葉。
誰が見ても演技だとバレてしまうかも知れないが、エトワールは見られていなかったのだとほっと息を吐き、ははは、と高笑いをした。
「今のは私の技、エクセレントフラッシュだ! かかったな!」
明らかに偶然であったが、エトワールは自身の手柄のように胸を張った。
その時、丹葉の胸がキュンっとした。
「(今の感じといい、仮面が落ちたことといい、もしやこいつのミスの多さはわざとじゃない……! か、可愛いっ!)」
完璧な丹葉は、そのエトワールの不完全さに不覚にもときめいてしまった。
「(ミスやおっちょこちょいは多いし、計画には粗があるし、もしやこいつ、頭が良くない……! なのにこの自信! そして何より顔が良い! な、なんだこの気持ち……!)」
ドキドキと胸を押さえる丹葉と、仮面を拾い、装着し直すエトワール。
エトワールは膝をつく丹葉を口角を上げて見下ろした。
「俺は高みへ行く。果たしてお前に止められるかな……?」
ふっ、と目線を残し、走り去る怪盗エトワール。遠くで何かに蹴躓いて転んだような声と音がした。
残された丹葉はぶるぶると小刻みに震え、だんっ、と両手を地面に叩きつけた。
「この怪盗なら推せるっ!」
探偵・丹葉帝斗。初めて推しが出来た瞬間だった。
以来、丹葉は予告状が出される度に現場に赴き、エトワールのミスをフォローし、盗みを成功に導いてきた。
勿論そのことはエトワール自身は知らない。全て丹葉が勝手にやっていることである。丹葉の一方的な共同作業であった。
そしてその事実は、いまだ誰にも知られていない。
「あー……涙出てきた。今回も最高の現場だった……」
ずっ、と赤くなった鼻を啜り、丹葉ははーっとため息を吐く。興奮疲れだ。
丹葉はよろよろと美術館の方に動き出す。
「(監視カメラのデータ貰えるかな……DVDに焼いてコレクションに加えよう……。あとエトワール逮捕に繋がるものが映ってないか確認しなきゃ……)」
推しごとは細部まで手を抜かないのが丹葉という探偵である。
「……丹葉、帝斗……」
――そしてその姿をじっと見ている人物がいたことを、丹葉は知らない。
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