配信第02回~妹の配信に出てしまいました~(改稿)
「トラウィス。 イツラにお菓子を持って行ってくれないか?」
「ういー」
トラウィスは気軽い返事で、父から温かいお菓子を受け取った。 昼飯時を過ぎた頃、おやつを食べるには少し遅い時間だったが、その時間まで自室を開けないように妹イツラコリウキは家族に頼んでいた。
自室で何かの作業を終えたと思われるイツラに、トラウィスは扉越しに呼びかける。
「イツラ、おやつ持ってきたぞー。 おーい? これ置いておけないやつだぞー」
ノックもするが返事がない、ならばプライベート空間だろうと入るしかない。
許可なく自室に入れば当然部屋の主は怒るが、熱々お菓子をぞんざいに扱ってもイツラは怒るのだ。 損は少ない方がいい。
ドアを開き突入すると、そこはイツラの自室ではなかった。
◇
『ん~……、そっくりさんを描くのって意外と難しいですねぇ……』
学生服を模した民族衣装を着た十代前半と思われる少女、イツラコリウキは動画配信サイトのマスコット的なキャラクターを拙い技量ながら描いていた。 とりとめのない彼女の呟きに、コメント欄からはたくさんのコメントが流れてくる。 今まさに配信中であり、昼過ぎから始めたそれは予定時間をとっくに過ぎていた。
「ノックしたからなー? 入っちゃうからなー?」
トラウィスの声は部屋の中に届いていなかった。 イツラが居る場所は〈幻想空間〉、生身で行き来できるヴァーチャル空間のようなもので、内外の音を遮断できるのだ。 外部と空間を繋いでいる自室の扉はノックされたら通知が入る設定になっているのだが、イツラは作業とコメントの返信に夢中になって気が付かない。
『――"口の形が違う"――?、いけないいけない修正っと……。 絵が上手い人を呼べたらアドバイスを貰えるんですけど、まだ知り合ってないんですよねぇ。 ……あれ、通知?』
「おやつ持ってきたぞー」
プライベートな幻想空間に兄トラウィスが入り込んでいた。
『あっ、お兄ちゃん。 お兄ちゃん!?』
自然に反応してしまったが、配信に突然年近い異性の声が入り込むというかなり望ましくない事態が発生していることにイツラは気が付いた。
「何してんの?」
『今配信中なんだよ! あっ、お菓子ありがとね!』
幸い兄と即座に呼んだため、変な誤解をもたらす余地はないのだが、念を押しておくに越したことはないと妹は考える。
「えェ!? じゃあお邪魔だろうし、失礼させていただきますね」
『待って待って、見てよこの反応! ――"誰よその男!""お兄ちゃんの服ケバッ"――とかもう話題持ってかれちゃったんですけど!』
「マジで?。 ……じゃ、じゃあイツラのお兄ちゃんである、トラウィスカルパンテクトリが皆さんの質問にお答えします!」
『質問に答えたらフェードアウトしてね』
「あ、はい……。 では最初の質問――"妹さんは普段どんなことをしていますか?"――、学校だと優等生な感じですね、下級生の面倒を見たりしています、俺と同じで。 家事手伝いもしっかりしてます、俺と同じで」
『それだと私がお兄ちゃんのフォロワーみたいじゃん』
「私生活についてはちょっと知らないですね、配信をしていたことも知りませんでした」
『お兄ちゃんには配信者になったこと話す必要ないし』
「なんか冷たい……。 えー次の質問――"妹の好きなタイプを知っていますか?"――、ああこれはですね俺と同じですね」
『適当過ぎ!』
「さらに質問――"実は彼氏とかだったりしますか?"――だってさ。 お兄ちゃんのことどう思う?」
『格下ですかね』
「……妹ってこういうものですよね。 兄のことを何だと思っているんでしょうね」
『格下ですかね』
「…………」
トラウィスがボケて、イツラが冷たくツッコミを入れる。 質問に合わせた兄妹漫才でどうにか配信中止の事態は防ぐことができた。
予定放送時間を過ぎていたので長く続ける必要がなかったのも幸いし、配信はおそらく無事に終わった。
◇
「「……」」
「許可なくプライベート空間に入ってしまい、すいませんでした……」
「私こそ、鍵をかけておけば良かったのに忘れたのがいけなかったのです……」
「それで……、あんな感じで良かった?」
「まあ大事故は防げたと思うけど……。 でも、よくあんな話せたね?」
「頭の中のVの者の声に従いました」
「エミュしてたんだ……」
「そういえばイツラは肩書みたいなのあるの?」
「ファンタジーアステカ学園の生徒会長だよ」
「お前が生徒会長なら俺副会長じゃん」
「学校の子みんな年下だもんね」
二人は夕食の準備をしながら先ほどの反省会をしていたのだった。
「けど、大変なことになっちゃったなぁ……」
「何が?」
トラウィスはサラダを取り分けながら
「お兄ちゃんのせいでいらぬ彼氏疑惑が出ちゃったんだよ」
「お前の彼氏とか……ウ”ォェッ」
イツラは兄を
「すいませんでした。 続きをどうぞ」
「彼氏疑惑を払拭するためには、兄ちゃんが私のお兄ちゃんであるということをアピールし続けなきゃいけないと思う」
イツラは三人分の
「どうやって?」
「んー……、お兄ちゃんも配信者になるとか? 彼氏が尻拭いのためにライバーになるとかありえないし」
「その場しのぎのために配信やんなきゃいけないの? 配信者になるのは良いけどさ」
幼い頃から兄妹ともに配信動画を見て育ち、トラウィス自身も配信者なってみたいと思ったことはある。
「なら人気が出そうだったら私が所属している【ゆめうつつ】に
トラウィスは
「お前そんな大手に所属してたの!?」
「お父さんのコネでね」
「なんでお父さんが出てくるの?」
「あれ、知らなかった? お父さんも【ゆめうつつ】のライバーだよ?」
トラウィスはまたしても驚愕した。
「知られていなかったとは、お父さん悲しいなぁ……」
麦色に焼けた白い肌と立派な口髭を持つ、
「
トラウィス達が住むのはメキシコ
現実のテノチティトランは数百年前に消滅し、幻想となったこの都市は人々が持つアステカの記憶によって繋ぎ止められている。 アステカの神話や歴史が多くの人々の記憶から消えれば、今のテノチティトランもどこかに消えてしまうかもしれない。
「それで神様ライバー……。 いやいやいや! お父さんがそうだったとして、娘をコネで入れるのってどうなの? コンプライアンスとか」
「コネと言っても私は紹介しただけなんだよ。 イツラに光るものがあったから参加できたんだ」
「そうなんだ……、なるほどね……ッ」
妹や父が大手グループの配信者で、もしかしたらトラウィスも所属できるかもしれない。 少年は期待に胸が膨らんだ。
「俺にも光るものはあると思いますか? 大先輩のお父様」
「う~む……、どうだろうなぁ……」
ケツァルは困ったように息子を見やる。
「うわ……、光るものがなさそうな反応……」
「難しいところだな、やってみないことには何とも言えん」
「そりゃそうか」
〈神語り〉に限らず
「だが……当たれば凄いぞ? 有名になれば幻
「ふーん……?」
〈神語り〉は知られるほど、愛されるほどに幻想空間での力を増す。 その原則はトラウィスも知っているが、強くなることにはあまり意義を感じなかった。
「それに、有名にならずとも様々な者と知り合いになれる。 ……種族・身分・性別を問わずな」
トラウィスの目つきが変わった。
「種族・身分・性別を問わず……ッ?」
「コラボ配信もできる」
「コラボ配信……ッ!!」
何かがトラウィスの琴線に触れたようだ。 チャンスを見逃さなかったイツラが
「ではトラウィスお兄ちゃん、改めてお願いします。 神様ライバーになってください」
「もちろんだとも妹よ!」
トラウィスはすでに決意を固ていた。
「機材の準備は任せておきなさい」
「告知とかは私が手伝ってあげるよ」
「おお~~父よ妹よ~~! きっかけはアレだけど家族一緒に頑張っていこうな~~!」
「「お、おう……」」
ノリノリになってしまったトラウィスを前に、イツラとケツァルは顔を見合わせる。
家族の頼みを基本的に拒否しないトラウィスであったが、ここまでやる気になるのも珍しかった。
「まあ、お兄ちゃんがやりたいことで良かったよ……」
「好きでないと続かないことだしな」
家族や学校のために時間を割きがちなトラウィスが夢中になれることが見つかったようで、妹と父は少し安心していた。
「まずは初配信だろ? 次に雑談配信して……」
「あっ、それなんだけどさ」
配信計画を立てるトラウィスにイツラが口を挟む。
「配信何回かしたら私と
「な、なんで? 妹に痛いことしたくないんだけど……」
〈神語り〉のライバーは自身の力を知ってもらうために、他の〈神語り〉と戦うことがある。 形式は様々だが、最もポピュラーなのは単純な力のぶつけ合いである。
〈幻想空間〉でのダメージは現実には影響がなく、痛みも大幅に軽減される。 しかし神同士の戦いとなると、格闘試合程度の痛みや衝撃は覚悟するべきだ。
「だからこそだよ。 彼氏彼女ならまずしないと思うんだ」
「なるほど……?」
「そんな訳で、私ことイツラコリウキは兄トラウィスカルパンテクトリに対戦を申し込みます」
「まあそういうことなら……、受けて立ちます!」
「よーし先の見通しができたところで! ご飯食べよう!」
「ポソレをよそうから器を持ってきなさい」
◇
『――みたいなことがありまして、俺がお兄ちゃんだと皆さんに認めてもらうために登録者数1万人弱のイツラと戦うことになりました! 妹との戦いを応援してくれる人は高評価&チャンネル登録、よろしくお願いします!』
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