配信第03回~これから妹と戦います~


 ある土曜の午後、トラウィス、イツラ、ケツァルの家族三人は家の庭に集まっていた。 事前に告知していたトラウィス対イツラの対戦の日となったのだ。

 機材を持った父ケツァルが時計を確認する。


「準備は良いか?」


「今更だけど、本当にやるんだなイツラ?」


「おうよ……!」


 イツラも対戦は初めてらしく緊張の面持ちだった。


「これで彼氏彼女疑惑を完全に晴らす! そうすればお兄ちゃんも気軽に配信できるわけだし」


「俺のためでもあったのか……ッ。 なら全力で俺をボコボコにしてくれよな……!」


「それは良いんだけど、お兄ちゃんも手加減禁止だからね。 人に見せる戦いなんだから」


「分かってるよ」


「そろそろ放送開始時間だ。 入室するぞ」


 庭の中央には水で作られたような透明な門が現れる。 門の向こう側では幻想の荒野が広がっていた。

 家族三人はケツァル、イツラ、トラウィスの順に門をくぐり抜ける。

 最初に門をくぐったケツァルは、私服からゆったりとした民族衣装に身を包んだ蛇頭の姿となる。 イツラ、トラウィスもまた、門をくぐったことで配信時の姿となる。 配信で見せている神の姿は〈幻想空間〉におけるアバターのようなものだった。


「本当に準備は出来ているな? トイレに行くなら今のうちだぞ?」


 カメラを設置していくケツァルが念のために問いかける。


「大丈夫だって! さっきちゃんと行ってきたから」


「分かった。 ……では二人ともコラボ配信準備!」



『ちゃんと映ってる? 大丈夫? ――――良かった良かった』


『皆さんこんにちは! トラウィスカルパンテクトリです。 本日は妹イツラとの対戦をお見せしたいと思います。 実戦は初めてですが、練習配信の成果を披露できればと思います。 あっ、対戦中はコメント返信できないので、応援コメントは後で見させて頂きます。 それじゃ行ってきます!』


 トラウィスは似たような前置きを語り終えたイツラと向かい合い、距離を取る。 兄妹の間に神の姿のケツァルが立つ。


『せっかくだし何か賭ける? 決闘みたいなものなんだし』


『お前アニメの影響受け過ぎだろ……。 まあいいか、じゃあそっちからどうぞ』


 最近見ていたアニメに何かを賭けて決闘する場面が描かれていたのだ。


『私は明日の皿洗い当番を賭けます!』


『何ィ!? じゃあ俺は明日の昼飯当番を賭ける!』


『微笑ましいのう……。 では二人とも、戦いの準備はできておるか?』


『お爺ちゃん口調?』


『配信中はああやって切り替えてるんだって』


 ケツァルが大きく咳払いをする。 兄妹は気を引き締めた。


『……準備OKです!』


『同じく』


『――ここに対戦の儀を執り行う。 見栄えある戦のため、互いの力を分かち合うべし、両者宣言』


『私への信仰を曙の王子トラウィスカルパンテクトリに』


 イツラのチャンネル登録者数が表示される。 その数一万と少し、その内の三割がトラウィスの力となる。


『俺への信仰を曲がった黒曜石のナイフイツラコリウキに』


 トラウィスのチャンネル登録者数が表示される。 その数六十六、その内の十九人がイツラの力となる。


『めちゃくちゃ取られちゃったなァ~~、でもまだまだ余裕ゥ~~!』


『丁度良いハンデだぜェ……、それじゃあ――』


『『――対戦よろしくお願いします』』


『では……』


 ケツァルは後ずさり戦いを見守る位置へと移る。


『はじめッ!』



 最初に動いたのはトラウィス。 開始宣言と同時に光の槍を作り出し、イツラへと躊躇ためらいがちに投げつける。 槍はイツラの衣服を掠めて直進し地面へと突き刺さる。 衣服の損傷箇所は光の粒となって消えていく。 


『あっぶな……』


『今の痛くなかったよな……!?』


 自分で投げておいてイツラを心配するトラウィス。


『へーきへーき! ダメージ描写はそういう感じなのね。 なら私からの攻撃を受けてみよ!』


『おう……! もうどんと来いやぁ!』


 イツラが手をかざすと周囲の空気が冷えていく。 トラウィスは咄嗟に後退し、自分が先ほどまでいた箇所を見る。 地面にはしもが残り、自身の衣服にも霜がまとわりついていた。 朝の冷え込みの神イツラコリウキの力だ。


『朝の冷え込みっていうか氷結能力じゃん……。 登録者ブーストやばいな』


『そう! これが信仰パウワー! いくら元の力が弱くても拡大解釈でいくらでも強くなれるんだよ!』


『けど能力的にはこっちが有利!』


 トラウィスは懐からフックの付いた短い棒、アトトルを取り出し、素早い動作で槍の根元にフックを掛ける。 投槍器と組み合わせた投げ槍は射程と威力が飛躍的に向上する。


『こっちは逃げながら投げまくれば良いんだからなァ~~!』


 トラウィスは後退しながら投槍器を使って槍を投げまくる。 わずかな光から作り出せる槍には弾数制限などない。


『うわ……ッ、ぎゃあ! 視聴者の皆さん! この人悪役みたいなこと言って攻撃してきま~~す!』


 イツラの冷え込みの力では猛スピードで飛翔する槍を止められない。 相手を凍らせようにも日中では力が弱まり決定打に欠ける。 ただ槍を見て回避に専念するしかなかった。 ただ、不思議と恐怖はないため冷静に判断できる、〈幻想空間〉だから現実感が薄いのかもしれない。


『あっまずい……』


 イツラの左右にはいくつもの光の槍が突き刺さっている。 回避に専念しようにも槍が邪魔になっていく。


『隙ありッ!』


 チャンスを見出したトラウィスは妹目掛けて今度は躊躇ためらわず槍を投擲する。 狭くなった地面でこれを完全に回避することは生身のイツラには不可能――


『……な~んちゃってッ!』


 ――そのはずだった。 突如、黒い煙がイツラの周りから溢れ出す。 黒い煙は周囲を覆い尽くし、槍は煙の中へと吸い込まれるように直進する。 直後、衝突音が響き渡る。


『煙幕なんて用意してたのかよ!? しゃーない突っ込むか!』


 災いの神の血が騒ぐのか、相手を傷つける恐れが無いと分かったトラウィスは恐れなく煙の中へと突入し、接近戦を仕掛けた。 イツラコリウキの持つ武器は、その名が示す通り曲がった黒曜石のナイフぐらいしかないのだ。


『そおりゃ!』


 光の槍を両手に持ったトラウィスは煙の中心へと突き進み、イツラの居場所を確認しようと槍を振り回す。 地面にはいくつも槍が突き刺さっているが、自身で作り出した槍は任意で消せるため、自身の動きは邪魔されない。 振り回した先でカチンと石にぶつかったような音がする。


『そこだ! もう一度隙ありッ!』


 音がした方へ槍を突き出す、再び石とぶつかるような音がする。

 ……何かおかしい。 短いナイフでリーチのある槍をいなし続けるのは難しいはず。 今攻撃している相手は本当に妹なのかとトラウィスは不安になる。


『つーか煙の中じゃ視聴者何も見えねーじゃん!』


 トラウィスは一旦後退し、煙が晴れるのを待った。 少しすると荒野の風が黒い煙を吹き流し、そこに立つ二つの影が露になる。


『ちょっと待った! 対戦中に仲間を呼ぶなんてズルじゃん! 反則ですよ、反則! お父さん!? 視聴者の皆さん見てますか!?』


『反則じゃありませ~~ん!』


 そこにはイツラと黒い仮面を被った男が居た。


『そこに居るのテスカ叔父さんじゃん!』


 男の姿はケツァルの弟、もう一人の主神テスカトリポカの名を持つ者だ。 その名前の意味は、先ほどの黒い煙はテスカトリポカの力によるものだった。


『違います~~! この人は召喚獣なんです~~!』


『召喚獣!?』


『うむ……。 そこに立っておるのは我が弟テスカの力を持ったイツラの守護者……召喚獣なのじゃ』


 トラウィスは後に説明を受けたのだが、イツラは絆を結んだ相手を守護者という分身として召喚する能力に目覚めていたのだ。


『イツラのってこれのことか……、でもそれってチートじゃん! そんなんで勝って楽しいのかよー!?』


『そっちだって引き撃ちっていう最悪につまんない勝ち方狙ってたじゃん!?』


『俺には強みがそれしかないの!』


『私だってこれがないと対戦強くないし!』


『……そろそろ戦いの儀を再開するように』


 召喚獣騒ぎからただの舌戦になっていた雰囲気をケツァルが引き戻す。


『……今度はこっちから行くよ! 行け、テスカ叔父さん! フィールド変化!』


 守護者テスカはイツラの指示に従い己の権能を行使する。 先ほどまで明るかった荒野が一変、空からは太陽が消え、暗雲がかかり始める。 〈幻想空間〉においてのみ、夜の神テスカトリポカは空の色でさえも染め上げる。


『えっ、そんな……』


 太陽はおろか星の光さえ届かない場所では、トラウィスは光の槍を生み出せない。 いまや地面にたくさん突き刺さった光の槍だけが光源だった。



『こりゃマズいぞ……』


 地面に刺さった光の槍を引き抜いてはテスカやイツラに向かってとうてきするが、二人を相手にしていては狙うのが難しい。 イツラを狙えばテスカに急接近され、テスカから距離を取り過ぎるとイツラの冷え込みの力を使われてしまう。 太陽が隠れた状態で霜だらけにはなりたくない。


『くっ……』


『メチャクチャ粘るじゃん……』


『こちとらたんれんおろそかにしてないんじゃい! けど防戦一方な上に絵面が地味……、そろそろテスカ叔父さんにはお帰り頂いた方が良いんじゃないか?』


『そしたら別の神様を呼びます』


『卑怯者め! 自滅しろ! 召喚コマンドミスれェッ!』


『ミスるかいッ! 悔しかったらお兄ちゃんもチート能力に目覚めてみなよ~~!』


『なんだとぉ……』


 残念ながらいくら考えてもトラウィスは〈神語り〉以外の力に覚えがない。 しかしイツラにこんな特殊能力がある理由も思い浮かばない。 兄妹で過ごした記憶にないのなら、もしかすると妹の能力は偶然得たものかもしれない。 


『イチかバチか……』


『今度はこっちが隙ありィッ!』


 接近を許した守護者テスカが石の鏡で殴りかかってくる。 トラウィスは偶然に身を任せた。


『叔父さんを倒す力を俺にィーー!!』


 突如、トラウィスは胸の奥が熱くなる感覚と共に輝きだす。


『なんの光!?』


 守護者テスカは異常事態に思わず後退する。 光が薄れてゆき、輝きの源であるトラウィスを見据える。 そこには、蛇を模した白い仮面を着けたトラウィスが居た。



『まさかお兄ちゃんも!? 家族特典じゃないんだからさぁ……!?』


 トラウィスは自身が仮面を着けていることに気が付くと、外して外観を確認する。


『これは……ケツァルコアトルの? ということは……』


 自身が持つ仮面が主神ケツァルコアトルを模していることに気が付くと、慌てて付け直す。


『あっ、やば! テスカ叔父さん攻撃して!』


『させんぞ! フィールド変化!』


 仮面を着けたトラウィスが手をかざす周囲から突風が吹き荒れる。 守護者テスカは吹き飛ばされ、その余波は幻想の空にまで届いて暗雲を搔き消した。 空の月は傾き、朝日が昇ろうとしている。


『これって変身能力……? チートじゃん! チート!』


『何のことかさっぱり分からんのう……』


『喋り方までお父さんになってる……!?』


『なんと、そこにおるのは可愛い弟ではないか。 いっちょ鍛えてやるとするかのう』


 ケツァルの面を着けたトラウィスは、大昔テスカトリポカを倒したという輝く棍棒を取り出す。


『人格が仮面に支配されてる……』


『これはマズいな……』


『お父さん?』


 守護者テスカに殴りかかろうとするトラウィスの前に、父ケツァルがおどり出る。 ケツァルはトラウィスが驚いた隙をついて白い仮面を剥ぎとった。


『両者そこまで! この対戦、ケツァルコアトルが預かるものとする!』

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