第165話 朝チュン

 目覚まし時計のアラームで目を覚ます。

 今は夏休み真っ最中。

 午前十時までぐっすり眠った俺は、一度大きく伸びをする。


 カーテンの隙間から差し込む木漏れ日に、今日も快晴であることにホッとする。

 蝉の鳴き声の代わりに聞こえてくるのは、鳥の鳴き声と車の行き交うエンジン音。

 ここは昨日までいた地元とは違い、大都内に戻ってきたことを実感させられる。


「……んん、もう朝ぁ……?」


 起きて暫くすると、隣から聞こえてくるまだ眠たそうな声。

 一度起きたのだろうが、むにゃむにゃと再び眠る体勢を取る梨々花につい笑ってしまう。


 別にこのまま眠っていてもいいのだが、今日は梨々花の希望でこれからデートをする約束なのだ。

 だから俺は、起き上がる気配のない梨々花の頬へ優しくキスをする。


「おはよう、今日はデートするんでしょ?」

「んん……デートぉ……? デート!!」


 思い出すように、ガバッと身体を起こす梨々花。

 そして慌てた様子で「何時!?」と聞いてくるので、「まだ十時だよ」と伝えると安心するようにほっと息をつく。


「やった、デートだね」

「そうだね」


 落ち着いた梨々花は、それはもう嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら抱き付いてくる。

 そんな朝から可愛いしかない梨々花を受け止めながら、寝ぐせでボサボサになった頭を優しく撫でる。

 こんな梨々花の姿が見られるのも、世界で自分だけなのだという優越感みたいなものを感じながら。


 こうしてたっぷりと時間をかけつつも朝の支度を終えた俺達は、一緒に家を出る。

 昨晩は、初めて二人きりの夜を迎えた。

 それによって、二人の距離感はさらに縮まったし、俺自身も色んな意味で大人になることができた。


 だからこそ、もう大人な俺は戸惑わない。

 梨々花の手を取ると、さりげなく車線側に立つ。

 すると、梨々花はニヤリとした笑みを向けてくる。


「ほほぉ、彰もジェントルメンだねぇ」

「ジェントルメンってなんだよ」

「ん-ん、なんでもぉー?」


 繋いだ手を楽しそうに振りながら、ニコニコと微笑む梨々花。

 まぁ梨々花が楽しそうなら別に良いかと、俺達は目的地を目指して地下鉄へ乗り込むのであった。


 ◇


「到着ー!」


 二人でやってきたのは原宿。

 今日は原宿デートをしようということでやってきたのだが、それより先の目的は特にない。

 だからとりあえず、二人で原宿をブラブラしながら買い物を楽しむことにした。

 竹下通りを歩いていると、周囲から注目を浴びていることに気付く。

 地方から出てきた人も多いのだろう「芸能人かな……?」なんて声まで聞こえてもきた。


「芸能人だって」

「まぁ、半分は合ってる、のかな?」

「あはは、そうかもね!」


 表には出ていないが、一応お互い人気Vtuber。

 周囲からの視線すらも楽しんでいる梨々花は、女子高生の集団に手まで振って応えている。

 そんな都会の中でも周囲の目を引く梨々花のことが、俺はちょっと誇らしくもあった。


「やっぱ梨々花はすごいな」

「は? それ、マジで言ってる?」

「いや、マジってなんだ?」


 何気ない俺の感想に、疑いの目を向けてくる梨々花。

 一体何が不満なのか分からないでいると、呆れた様子で梨々花は理由を教えてくれる。


「彰だって、見られてることに気付いてる?」

「え!? 俺も!?」


 そう驚きつつ周囲に目を向けると、確かにそんな気がしなくもないような、する気がするようなしないような……。


「ほら、あの子達とかずっと見てんじゃん」

「あ、ああ、そ、そうなの、か」


 こういうのには全然慣れない俺だけれど、客観的にそう見えるのであれば恐らくそうなのだろう。

 でもそのうえで、良いとこ8対2で、もちろん俺が2だ。

 ほとんどの人は梨々花に驚いているというのに、残りの二割に対してちょっと不満そうにする梨々花。

 組んでいる腕に、よりぎゅっと抱きついてくる。


「彰は渡さないんだからね」


 そして周囲に対して、小さくそんな言葉を漏らすのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る