第166話 まずはカフェへ

 まずは二人で、最近できたという人気のカフェへと入る。

 ここは原宿。

 店内は若い男女で席がほとんど埋まってしまっているが、奇跡的に並ぶことなく席へと案内して貰えた。


「わぁ、すっごく可愛いね!」

「そうだね」


 どうやら雑誌などでも紹介されているらしく、梨々花のずっと気になっていた場所なのだそうだ。

 原色を使ったカラフルな店内は、ただ居るだけでも楽しい気持ちになれる。

 それにこういう所謂アーバンチックな場所は、梨々花によく似合う。


「わぁ、メニューまで可愛い! え、どれにしようめっちゃ悩むんですけどぉ!」


 メニュー表と睨めっこしながら、どれを食べようか悩む梨々花。

 そんな元気いっぱいなところも可愛くて、俺も梨々花を見ているだけで幸せに満たされていく。


「ねぇ、彰はどれにする?」

「そうだなぁ……いや待って、確かに悩むな……」

「あはは! でしょ?」


 どれも本当に美味しそうで、確かに一つに決められない。

 そんな俺を見て、おかしそうに微笑む梨々花との会話も楽しい。

 やっぱり俺達は、相性がいいのだろう。

 配信でもないのに、謎のコンビネーションを発揮してしまう。


 しかし、その時だった――。



「――え? 今デビリプのリリスちゃんの声しなかった?」



 どこかの席から、女性のヒソヒソ話が聞こえてくる。

 デビリプとは、梨々花達DEVIL's LIPの略称で、リリスとは愛野リリス――つまり、梨々花のVtuber名のことだろう。


「いや、いるわけないしょー」

「だよねぇ、でもマジで聞こえた気がした!」

「まぁ、どこかにいてもおかしくないのかもねー」


 どうやら無事に笑い話で流れたみたいだが、当のリリス本人である梨々花はピシャリと固まってしまっている。

 かく言う俺も、胸がバクバク状態で慌てて口を閉ざしている。


(バレてないよね?)

(だ、大丈夫そうだ)


 周囲を警戒しつつ、お互い小言で無事を確認すると、同時にハァと胸を撫で下ろす。

 よく考えなくとも、俺も梨々花も結構な数の登録者を抱えているのだ。

 そりゃこうして、周囲の人に感づかれるリスクはあるのだ。


 それもこれも、これまではほとんど一人行動ばかりしていたから表面化しなかっただけ。

 お互い自覚した俺達は、それからは大きな声を出すのを控えることにした。


 しかし――。


「てかさ、推しカプとかあるー?」

「え、何? カプ厨かよー」

「別にそういうわけでもないけどさ、わたしってリリス推しじゃん? リリスちゃんに一番合うのって、やっぱアーサー様だと思うんだよね!」

「あー、確かに。分かるかも」

「でしょ? 実はもう、付き合ってたりしてね!」

「「ブフォ!」」


 さっきの女性二人組の会話に、俺も梨々花も驚いて同時に吹き出してしまう。


 え、何!? ファンにはそう思われてるの!?

 これはちょっと、尚更気を付けなければならないかもしれない……。


「まぁ、あの二人なら相性もいいし、わたし的には素直に祝福するんだけどね」


 え、そうなの……?

 所謂ユニコーンという、異性との触れ合いを許さないファンも少なくないと思っていたが、どうやら寛容なファンのようでちょっとホッとする。


「あ、でもアーサー様推しのあんたは無理なんじゃない?」

「んー、まぁわたしはガチ恋じゃないから、仮にそうならそうで別にいい的な?」

「あ、そうなんだ」

「うん、まぁ付き合えるなら全然付き合いたいけどねー!」

「だよねー!」


 話にオチをつけて、おかしそうに笑う女性二人組。

 その会話を受けて、目の前の梨々花さんは疑うように目を細めてくる。


(いや待て、俺は何も言ってないぞ?)


 ファンの会話だ。俺が言ったわけはない。

 それは梨々花も分かっているのだろう、相変わらず不満そうな表情のまま口を開く。


(分かってる。彰は渡しません)


 ただのファンの会話にも、しっかりと嫉妬してくれる梨々花。

 俺なんかよりよっぽどモテるであろう梨々花の方が、こうして俺以上に妬いてくれているというのは、絶対に言葉にはできないけれど正直嬉しい。


 そんなこんながありつつ、無事にお互い早めのランチセットの注文を済ませると、再び二人きりのデートを楽しむことにした。


 今日は付き合ってから、初めてのデート。

 もっと沢山の笑顔が見られるように、俺も沢山楽しもうと思う。


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