第163話 お風呂は順番

 何事もレディーファースト……というわけでもないけれど、先に梨々花からお風呂を済ませて貰うことにした。

 幸い帰省帰りのため、梨々花の着替えなどはキャリーケースの中に一式揃っている。

 着替えを手にした梨々花は、少し恥ずかしそうに浴室へと向かっていった。


 というわけで、俺はその間に寝室へと向かう。

 普段から掃除はしているため、別にいつ何時来客が来ても問題ないようにはしている。

 しかし、まさか今日いきなり彼女が泊っていく流れになるとは思っていなかったから、色んな意味で不味いところがないか慌ててチェックする。


 そして部屋の押し入れには、来客用の敷布団が入っている。

 とりあえず今日のところは、梨々花にはベッドで休んで貰って俺はこの布団で……。


 そこまで考えて、俺は敷布団を取り出そうと伸ばした手をピタリと止める。


 ――本当に、それでいいのか?


 今の俺達は、彼氏彼女の関係。

 それにもう大学生、別々の布団で寝る方がおかしいのではないだろうか……?


 そんな考えが頭を過った俺は、そのまま敷布団を取り出すことなく押し入れの戸を閉める。


 ……まぁこういうのは、場面でいいはずだ。

 そんな雰囲気じゃなければ、すぐに取り出して敷けばいい。

 ただ、万が一そうではなかった場合……覚悟を決めよう。


 ――でも待てよ? 俺、アレを持ってないぞ!


 アレというのは、勿論アレのことである。

 俺もまだ現物を見たことはないが、男女が向き合う意味でとても大切な必須アイテムである。

 しかし、今からそれを買いに行くわけにもいかないし、いきなり初日からそんなことには……うん、一旦落ち着け俺。

 流石に梨々花もそこまでは考えてないだろうし、何事も順序が大切なのだ。

 一人走りして相手を傷つけるようなことになってはいけないし、俺もそういうのはよく分からない。


 というわけで俺は、寝室を軽く掃除してから部屋をあとにする。

 その間も、胸がずっとドキドキしっぱなしであったことは絶対に秘密である。



 ◇



「彰……上がったよ……?」


 ゆっくりとリビングの扉を開けて、お風呂を済ませた梨々花が恥ずかしそうに戻ってくる。

 着ているのはピンク色のモコモコとしたルームウェアで、こういうところは何て言うか見た目通りのギャルっぽさである。


 スラリと伸びた長い生足に、きゅっとしまったウエストライン。

 そのスタイルの良さが、普段以上に際立って見える。


 当然お風呂あがりのため、今はノーメイクのスッピン状態。

 しかし、元の作りが良すぎるため全く気にならないどころか、普段よりも幼く見えて美女から美少女になった印象だ。


 これは実家にいた頃から見ていたはずなのに、こうして見るとやけに意識してしまっている自分がいた。

 この子が自分の彼女なんだと思うだけで、胸がドキドキと鼓動を早めていく。


「う、うん、じゃあ俺も、風呂行こうかな!」

「そ、そうしてっ!」


 ついぎこちなくなってしまうのは、どうやらお互い様のようだ。

 恥ずかしさを紛らわすように、笑いながら梨々花は俺の背中をそっと押してくれた。


 まぁとりあえず、風呂を済まそう。

 そしてお風呂に入りながら、一度頭を整理しよう。


 そう思い俺は、梨々花に続いてお風呂場へと向かう。

 しかし、お風呂場の扉を開けたその瞬間、さっきまで梨々花の入っていたお風呂場の湯気と香りに、俺の心臓はまたしてもドキドキと鼓動を早めていく。


 ――これ、大丈夫かなぁ……。


 分かっていたつもりだけど、実際はもっとヤバいのかもしれない。

 というか、絶対にヤバい。


 そんな現実を思い知りながら入るお風呂は、結局梨々花のことを意識しっぱなしで、ゆっくりと頭の整理なんて出来やしないのであった。




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