第162話 手料理

「ふぅ、美味しかったよ」


 梨々花の作ってくれた手料理を、お米一粒も残さずに完食した。


 宣言通り作ってくれた肉じゃがは勿論、余ったジャガイモで作ってくれたポテトサラダも美味しかった。

 お味噌汁も具沢山で丁度いい味わいをしており、出してくれた料理全てが完璧だった。

 それは彼氏だからとか抜きに、本心からそう思えるほど、本当にどれも美味しかった。


「ふふ、どういたしまして」


 まだご飯を食べながら、嬉しそうに微笑む梨々花。

 髪が邪魔だからとゴムでポニーテールにまとめており、覗いたうなじに思わず目が向いてしまう。


 俺の視線に気付いた梨々花は、俺の視線が気になるのか「ジロジロ見ないで良いから」とそっぽ向くが、その頬は恥ずかしそうに赤く染まっている。

 そんな分かりやすい反応も可愛くて、一緒に済ます夕飯はずっと幸せで溢れているのであった。



 ◇



 作ってくれたお礼に、洗い物は俺が引き受けることにした。

 梨々花も手伝ってくれようとしたが、これはお礼だからと言うと素直に引き下がってくれた。


 というわけで、現在俺はせっせと食器を洗い、梨々花はリビングのソファーに座りながらテレビを観てゆっくりしている。

 いつもは一人だったこの部屋だけれど、今は梨々花が居てくれている。

 それだけで、安心感とともに心が満たされていく。


 そうして洗い物を終えた俺は、梨々花の隣へ座る。


「終わった? お疲れ様」

「こちらこそだよ」


 そんな声を掛け合うと、何だかおかしくて二人で笑い合う。

 そして梨々花は、そのまま俺の肩へ自分の頭を預けてくる。

 その近すぎる距離感が愛おしくて、俺も腕を伸ばして梨々花の腰をそっと引き寄せる。


 無駄に広い部屋の中、お互いの存在を確かめ合うようにくっつき合う。

 伝わってくる梨々花の体温が、夏だけれど温かく感じられる。


 大学では、誰しもが思わず振り向いてしまうような美人でギャル。

 そんな、当初は自分とは似ても似つかないと思っていた梨々花が今、自分の腕の中に収まっているというのは、やっぱり未だに不思議な感じがしてくる。


 けれどこれは現実で、梨々花は俺の彼女で、俺は梨々花の彼氏。

 触れ合う肌と肌が、関係を実感させてくれる。


 ふと時計を見れば、早いものでもう夜の八時を回ろうとしていた。

 今は夏休みで、今日まで配信はお休み。

 だから夜ではあるが、まだ急いで帰る時間でもない。

 梨々花も帰る素振りは見せないため、まだ暫くは一緒にいられることが素直に嬉しい。


 何をするわけでもないけれど、こうして一緒にいられるだけで幸せに満たされている。

 誰かと付き合うというのは、こんなにも幸せなことだったのかという実感とともに、俺達はゆっくりと時間を共有する。


 だが、次の梨々花の一言で状況は一変することになる――。



「……ねぇ彰、今日は泊って行ってもいい?」



 俺の肩に頭を預けたまま、顔を見上げる梨々花のその言葉。

 その思いがけぬ言葉に俺は、梨々花の考えの方が自分の考えより先へ行っていたことを知る。


 もう俺達は大学生。

 だから彼氏彼女でお泊りするのも、別におかしい話ではないのだろう……。


 それに昨日まで、俺達は一つ屋根の下で一週間生活しているのだ。

 今更慌てるような話ではないのかもしれない。


 ――でも、実家とこことではやっぱり違うだろ……。


 家族も誰もいない、ここは二人きりの空間。

 何が起きてもおかしくない状況を前に、経験のない俺の胸の鼓動はドキドキと早まり出す。


「……ダメ?」


 どこか甘えるように、再び確認してくる梨々花。

 そんな言葉と仕草を前にしてしまっては、俺の出すべき答えは最早一つだった――。


「い、いいよ……」


 覚悟とともに、俺は返事をする。

 すると梨々花は、恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも嬉しそうな笑みを浮かべる。


「ふふ、ありがと」


 そして、さっきまで普通に話していたのに、急に耳元で囁いてくる梨々花。

 その言葉と囁きに、俺はようやく自覚する。

 彼氏彼女として、二人きりになるということの本当の意味を――。


 こうして今日は、このまま梨々花がうちへ泊っていくことになったのであった――。


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