第161話 買い出しと料理
「はい、どうぞ」
「ありがと!」
梨々花にコーヒーを差し出しながら、俺もソファーの隣に座る。
少し広い部屋に、無駄に大きいインチのテレビ。
別に大げさではないが、梨々花が感心する通り大学生の住むような部屋ではないのかもしれない。
こうして生活できるのも、応援してくれるリスナーのみんなのおかげだ。
「ねぇ彰、晩御飯はどうするの?」
「んー、帰省前に冷蔵庫は空にしておいたから、今日はウーバーかなぁ」
「駄目だよ、ちゃんと温かい料理を食べないと!」
いや、ウーバーで頼んでも温かいけどねと思ったけれど、そんな野暮なツッコミはしない。
確かに割高ではあるし、可能なら自炊の方が良いに決まっている。
だから俺は、梨々花がそう言うならと一つ提案してみる。
「じゃあ、近くにスーパーあるから買いに行く?」
家に食材がないのであれば、買いに行くしかない。
長距離移動で疲れているとは思うが、ウーバーか買い出しの二択なのだ。
「うん、それがいいよ! そうしよう!」
すると梨々花は、サムズアップをしながら二つ返事でOKしてくれた。
その様子から、どうやら料理を振舞ってくれようとしているのだろう。
そんなわけで、すっかりやる気満々なご様子の梨々花とともにもう少しリビングで休憩したあと、一緒にスーパーへ買い出しへと向かうこととなった。
◇
「お、中々味のあるスーパーですなぁ」
マンションを出て、二百メートルぐらいのところにあるスーパーへとやってきた。
何年前からあるのか分からないが、地域に根差したスーパーは今日も他のお客さんで賑わっている。
梨々花の言う通り、味のある外観だけでなく食材も安く、地域のみんなから愛されているのが一目で分かる。
「さてさて、今日は何がいいかなぁー?」
店内へ入ると、そう言ってやる気を漲らせる梨々花。
俺は買い物カゴを手にし、今日はそんな梨々花にチョイスを委ねることにした。
「うわっ! ねぇ見て彰! このキュウリでっか!」
「あはは、本当だ」
中々見ることのないサイズのキュウリを手にして、面白そうに笑う梨々花。
そんな梨々花が可愛くて、俺も一緒に笑う。
ただ買い物をしているだけでも、二人きりで時間を過ごしているだけで愛おしい。
そんな幸せな気持ちに、どんどん心は満たされていく。
「よし、今日はこの光輝くジャガイモで、ベタに肉じゃがとかどう?」
「うん、梨々花の作る肉じゃが食べてみたいかも」
「そ、そそそ、そう? じゃあ、決まりでっ!」
俺の本心に対して、梨々花は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
そんな、見た目に反した初心な反応も可愛くて、また幸せに包まれる。
誰かと付き合うことの素晴らしさを実感しつつ、今日の献立を相談しながらする買い物はずっと楽しいのであった。
◇
「ただいまー」
買い物を終えて、俺の家へと戻ってきた。
買った食材をキッチンへ並べ、そのまま料理を始めることとなった。
「じゃ、彰はソファーで休んでて!」
「え、俺も手伝うよ」
「嬉しいけど、一回目はわたしがちゃんと振る舞いたいの!」
「……なるほど、分かったよ」
梨々花がそう言ってくれるなら、俺もここは大人しく引き下がる。
今日のところは、素直に梨々花へお任せすることにした。
「よーし、作るどー!」
キッチンからは、梨々花の気合を入れる声が聞こえてくる。
言うまでもなく、今は梨々花と二人きり。
ふと意識すると、現実味がないような感覚に陥る。
梨々花と言えば、大学でたまたま同じ学科になった、一言で言えばすごくギャルな子。
その容姿は美しく、あっという間に学科を飛び越えて大学でも話題になるほどの美人で、自分とは正反対の世界にいる人だと思っていた。
そんな相手が、今自分の部屋で楽しそうに料理をしているのだ。
しかも今は、自分の彼女として――。
ふと目が合えば嬉しそうに微笑むその姿に、俺も釣られて笑みが零れる。
それはやっぱり、溢れ出る幸せな気持ちからくる表れ。
いつもは一人きりで過ごしているこの部屋に、梨々花が居てくれるだけで温もりが感じられる。
「……ごめん彰、これ、どっちがお塩かな?」
すると梨々花は、両手に塩と砂糖のケースを持ちながら申し訳なさそうに聞いてくる。
「ああ、ごめん。塩はね――」
赤が砂糖で、青が塩。
そう教えれば、今の質問に対する答えは十分だろう。
でも俺は、それを口頭で伝えるのではなく、立ち上がって梨々花のもとへ向かう。
じっと待ってはいられなかったからというのは建前で、本心はやっぱり梨々花の傍にいたかったから。
「えっと、こっちの青い方が塩だよ」
「あ、そっか。えへへ、ありがとね」
「うん、どういたしまして」
質問に答え、またソファーへ戻ってもいいのだが戻らない。
二人の視線は真っすぐに交わり、もう梨々花から目が離せなくなる。
「梨々花……」
「彰……」
お互いの名前を呼び合った俺達は、そのまま惹かれ合うように唇を重ね合う。
そっと抱きしめ合いながら、お互いの愛おしい気持ちを確かめ合うように、俺達は気が済むまで何度もキスを交わすのであった。
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