第160話 帰宅、そして推し

「はい彰、あーん」


 帰りの新幹線。

 隣に座る梨々花が、ニヤリと微笑みながら食べているスナック菓子を一つ摘まんで差し出してくる。


「あ、あーん」


 俺はちょっとドギマギしながらも口を開けると、梨々花は嬉しそうに口の中へそのスナック菓子を入れてくれた。


「どう? 美味しい?」

「うん、美味しいね」

「んふふ♪ だよねー♪」


 俺の返事に、梨々花は満足そうに頷く。

 もう何度も食べたことのある有名スナック菓子。

 それでも、こんな風に彼女からあーんをされて食べると、心なしか美味しく感じるのはきっと気のせいではないだろう。


 隣には、楽しそうに足をバタつかせる梨々花の姿。

 行きも楽しそうだったが、帰りはもっと楽しそうに見えるのは、きっと梨々花も俺と同じ気持ちだからだろう。


 今回の帰省を通して、俺は梨々花と付き合うことになった。

 だから、行きと物理的な距離感は変わらないけれど、心の距離はぐっと近づいたと思う。

 それは、隣り合わせで座りながら、繋ぎ合う手と手が証明していた。



 帰省最終日。

 俺は家族に、梨々花と付き合うことになったことを報告した。

 すると、父さんも母さんもこうなることは分かっていたようで、二人は梨々花へ「彰をよろしく」と伝えていた。

 そんな両親に対して、梨々花は顔を真っ赤にさせながら「こちらこそ、よろしくお願いいたします」と返事をし、照れ臭そうにこちらへ笑みを向けてきていた。


 調子に乗った父さんが「そうだ、何ならお義父さんって呼んでくれても構わないぞぉ?」とおどけると、母さんも「じゃあわたしは、お義母さんね」と便乗することで、更にわたわたと取り乱す梨々花はどこまでも可愛かった。


 ただ、凛子だけは何か思うところがあるのか、むすっとした表情を俺へ向けてきていた。

 その意味は分からないが、凛子も別に反対しているわけではいないようで、梨々花には相変わらず懐いている。

 まぁ凛子も高校生なのだ、恋愛とかそういう面に関してはデリケートな何かがあるのだろう。


 そう勝手に納得していたのだが、帰り際俺にだけ聞こえる声で「バカお兄……」と言われたので、やっぱり何か不満は抱いている様子だった。


 まぁそんなこんなで、思い返せば長かった今回の帰省。

 配信から離れて、地元で目いっぱい羽を伸ばすことができた。


 そして何より、俺は梨々花へ告白し、晴れて付き合うこととなったのだ。


「あ、浜松だって。浜松と言えば、鰻が有名なんだっけ?」

「ん? ああ、らしいね」

「いいなぁー、鰻食べたいなぁー」

「じゃあ、今度一緒に食べに行こうか」

「えっ!? いいの!? 行きたいっ!!」


 身を乗り出しながら、その目をキラキラと輝かせる梨々花。

 そんな食い気味の反応に、俺もつられて一緒に笑みが零れ落ちる。

 こんな梨々花と一緒なら、もうずっと飽きることなんてないだろうなと思いながら。



 ◇



 品川駅へ到着し、それから電車を乗り継ぎ自宅へと帰宅した。

 すぐに解散するというのも少し寂しく思っていたところ、梨々花が俺の部屋に行ってみたいと言ってくれたから、そのままうちに寄って行って貰うこととなった。


「お、お邪魔しまぁーす……」


 しかし、うちへやってきた梨々花はというと、玄関から恐る恐る足を踏み入れていた。


「あはは、そんなに気を使わなくても大丈夫だよ」

「で、でもぉ……」


 でも、何だろうか?

 一緒にうちの実家にまで行った仲だというのに、何を今更気にしているのか……。


「……お、推しの配信してる空間に入るんだって思うと、き、緊張するというか……」

「な、なるほど……?」


 頷いてみたものの、やっぱり今更感しか感じない。

 きっと梨々花は、俺というよりもVtuber飛竜アーサーを意識しているのだろう。


 誰も来ることはないと思っていたから、部屋にはアーサーのタペストリーやアクリルスタンドなど置いているから、それを見て尚更意識してしまっているのだろう。


「彰が、アーサー様なんだもんね……」

「何を今更、いいから上がって」


 玄関に置かれたアクリルスタンドを見ながら、改めて感心している梨々花の手を取り、そのままリビングのソファーへ座らせる。


「コーヒーでいい?」

「う、うん。ていうか、部屋お洒落だね」


 少し馴染んできたのか、今度は部屋の内装に感心する梨々花。

 まぁ一応これでも、登録者数百万人のVtuber。

 これまでの活動で貯めていたお金で、部屋の家具などは引っ越しに合わせて一通り拘って揃えてみたのだ。

 まぁこれまで、見せる人なんて一人もいなかったわけだけど……。


 だからこそ、他でもない梨々花にそう言ってもらえることが素直に嬉しかった。


 そんなこんなで、時刻はあっという間に夕方の四時過ぎ。

 長距離移動で少し疲れたこともあるし、梨々花を招いて家でゆっくり過ごすこととなった。


 ……しかし、この時の俺達はまだ、一つ屋根の下で男女が二人きりになることの本当の意味を分かってはいなかったのであった。


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