第156話 バスの中

 梨々花から、真っすぐに向けられる眼差し――。

 それは先程の言葉が、冗談ではないことを物語っているようだった。


 俺は間違いなく、梨々花のことが気になっている。

 それは自分自身が、ここ数日で自覚できたことだ。

 でもこの旅行中の間は、お互い楽しむことに徹しようと考えていた。


 だからこそ、こうして梨々花の方から気持ちを聞かれることになるのは完全に想定外であった。


 ――ねぇ、もしさっきの話が本気だって言ったら、彰はどうする?


 そんな梨々花からの問いかけに、俺も真剣に向き合う。

 同じく真っすぐ向かい合いながら、その問いかけに答える。


「――梨々花となら、きっと毎日が楽しいと思う。俺が言うのも烏滸がましいけどさ、梨々花は間違いなくいいお嫁さんになるんだろうなとも思う。だから、もしもそんな梨々花が自分のお嫁さんなら、それはやっぱり幸せなんだろうなって思うよ」


 俺は本心のまま、ありのままを伝える。


「そ、そそそそ、そっかぁー!!」


 すると、俺の言葉を受けた梨々花は、真っ赤なリンゴのように赤面しながら、あわあわと言葉にならない言葉を必死に紡ぐ。

 これが漫画ならば、きっと脳天からは湯気が立っているであろう見事な赤面っぷり。


 そして、まるでタイミングを計ったかのように、実家の最寄りの停留所名を告げる車内アナウンスが流れる――。


 慌てて俺が降車ボタンを押すと、さっきまでの空気は綺麗さっぱりどこかへ飛散してしまう。


「つ、つつ、着いたねっ!」

「そ、そうだね!」


 お互いぎこちなく笑い合う。


 プシュー。


 そしてバスは停車し、俺達はそそくさとバスから降りた。

 しかし、さっきのやり取りが何だか気まずくて、お互い目を合わせられなくなる。


「……あ、ありがとね」

「……う、うん」


 家に着くまで、ぎこちない会話が続く。


 ツツツ――。


 けれど、隣を歩く梨々花はそっと俺との距離を縮めてくる。

 お互いの手と手が触れ合うような距離感を、俺もつい意識してしまう。


 そして、すっと俺の左手の小指が握られる。


 ――えっ?


 驚いて振り向くと、そこにはやっぱり顔を真っ赤にした梨々花の姿。

 梨々花は真っすぐ前だけを見ており、その動きは若干ぎこちなかった。


 ――可愛すぎだろ。


 俺は思わず、内心でそう呟く。

 そっと触れ合う梨々花からの歩み寄りが、何よりも愛おしく感じられる。

 今はまだ小指だけだけれど、間違いなくお互いが傍にいると実感できることに、ただただ幸せを感じられるのであった――。



 ◇



「おかえり! さっそくだけど、今晩はご飯を食べに行きましょう!」


 帰宅するや否や、出迎えてくれる母さん。

 何事かと思えば、今日は外食にしようという話だった。


 とりあえず汗もかいたことだし、梨々花から先にシャワーを済ませることになり、俺はリビングでテレビを観ながら時間を潰すことにした。


「それで? デートはどうだった?」

「デートって……まぁ、楽しかったよ」

「あらそう! 良かったわね!」


 ニコニコと笑みを浮かべながら、俺と梨々花のことをあれこれ聞いてくる母さん。

 まぁ親として、息子の恋路的なものは気になるのだろう。


「でもまだ、二人は付き合ってないのよね?」

「まだっていうか、付き合ってはないよ」

「どうしてよ? お似合いじゃない」

「まぁ、色々あるんだよ」


 そう、色々あるのだ。

 知り合った当初の状態ならば、もしかしたら今頃付き合っていたのかもしれない。

 けれど今は、お互い同じ事務所のVtuber同士。

 自分達の一存だけで、メンバー同士で付き合ったりするのが許されるのどうかも正直よく分かっていない。


 でももし、仮にだがそれが許されるとしよう。

 その場合、梨々花はどうなのだろうか――。


 帰りの件といい、きっと梨々花は俺と同じ感情を抱いてくれているとは思う……。

 であれば、これは俗にいう両想いというやつなのだろうか。

 それがはっきりしているのなら、今すぐにでも告白すればまず付き合えるのかもしれない。


 しかし残念ながら、俺にはそういう恋愛をした経験は一度もない。

 それに聞いてはいないが、相手はあの梨々花だ。

 きっとこれまでも、何度も恋愛をしてきているだろう。


 そんなことが気になってしまう俺は、きっと臆病になっているのだ。

 今の関係を壊したくないという思いを、お互いにVtuberであるという背景に理由付けして逃げているだけ。


 そこまで自覚しているものの、ここから先自分がどうすべきかの答えを導き出せずにいた。

 この帰省の中で答えはおのずと出るものだと思っていたが、残念ながらそうではなさそうだ……。


 そんな自分の中の葛藤が、母さんにも伝わったのだろう。

 母さんは笑いながら「まぁ頑張りなさい」と言って、この話を切り上げてくれた。


 ――頑張る、か。


 たしかにもう、それが答えに思えた。

 分からないのなら頑張るしかない。

 俺はずっとそうして、ここまで来たのだから。


 そんな自分の中の整理が付いたところで、俺は一つの決断をする。

 この帰省を楽しんだ先で、俺は必ず自分の中で答えを出すという決断を――。







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