第155話 公園と帰り道
ボートを降りた俺達は、次に公園の施設を見て回ることにした。
しかし自然豊かなこの公園、敷地面積は相当広い。
動物園や様々な施設も併設されており、正直そのすべてをちゃんと見て回ろうとするなら一日じゃ足りないぐらいだ。
それにこの暑さ、あまり長居するのも辛いため、とりあえず気になるところだけ見て回ることにした。
そうしてやってきたのは、公園内にある動物園。
何を隠そうこの動物園、まさかの無料なのである。
しかし、無料だからと侮ってはいけない。
ここには約四十種類の動物がいるのだ。
それには梨々花も驚いており、本当にいいの? と心配している程だ。
というわけで、俺達はさっそく動物園の中を見て回ることにした。
「わっ! 本当に動物いるっ!」
ゲージの向こうにいる鳥を見ながら、梨々花は嬉しそうに声を上げる。
俺もここへ来るのは幼い頃ぶりだが、梨々花のその反応も頷けた。
ここはあまり知名度はないかもしれないが、それでも立派な動物園。
人もあまりいないため、ゆっくりと落ち着いて見て回ることができる。
ライオンや象など所謂花形の動物こそいないが、鳥の他にも猿や羊など沢山の動物がおり、見て回る分には十分楽しめる。
「あ、ウサギだ! かわいいー!」
「ほんとだね」
しゃがんでウサギを可愛がる梨々花。
そしてこちらを向いて、楽しそうな笑みを向けてくる。
その姿に俺の胸は、トクンと一度高鳴る。
――これってもう、完璧にデートだよ、な。
改めて今の状況を認識した俺は、途端に恥ずかしくなってくる。
本当今更過ぎる話なのだが、今こうして二人きりで動物園にいる状況が、デートらしさを醸し出しているのである。
「ん? どうかした?」
しかし梨々花はまるで気にしていないようで、無邪気な笑みを向けてくる。
そんな梨々花の微笑みに、俺は更にテンパってしまう。
これが何故かなんて、もう自分でも分かっている。
俺は梨々花の姿に、見惚れてしまっているのだ。
「ううん、何でもないよ」
だから俺は、それが梨々花にバレないように誤魔化しながら、隣にしゃがみ込む。
こうして近くで、ただ一緒にウサギを眺めているだけでも、幸せに満ち溢れているのであった。
◇
動物園を満喫した俺達は、流石に真夏の日差しが辛くなってきたから近くのお店で休むことにした。
やってきたのは、三軒だけ並んでいる昔ながらの喫茶店や飲食店。
どこにしようか迷ったけれど、今回は一番手前の飲食店に入ってみることにした。
中は所謂昭和レトロな内装で、雰囲気が感じられる。
実際このお店は、俺が小さい頃からずっと続いているため、本当に昔からここにあるのだろう。
そして梨々花の興味を引いたのは、お店にあるおでん。
大きなお鍋で煮込まれたそのおでんは、たしかに美味しそうだ。
「いいね、おでん」
「うん! わたし、タマゴがいいなぁ~」
こうして、好きなおでんをいくつかチョイスした俺達は、飲み物を注文し席へと座る。
「いいところだねぇ!」
店内を見回しながら、ここでも楽しそうに微笑む梨々花。
今日ここへ来てから、見るもの全てがきっと新鮮に映っているのだろう。
それが伝わってくることが嬉しくて、俺も一緒に笑みがこぼれてしまう。
きっともっと分かりやすい観光地なんて、全国に沢山あるだろう。
だからこそ、こうして梨々花が俺の生まれ育った町を楽しんでくれていることが嬉しいのだ。
「なんか、夏休みしてるーって感じ!」
「そう? なら良かった」
「うん! 彰と一緒だからってのもあるけどねっ!」
だからありがとねと、梨々花が微笑みかけてくる。
そんな梨々花に俺も、どういたしましてと答える。
だってそれは、お互い様だから。
そんなお互いの思いを、しっかりと言葉で交わすこともまた幸せなのであった。
食事を終えると、昼の三時を回っていた。
まだ見て回ってもいいのだが、如何せん広すぎる公園。
ここからどこかへ行くにしても疲れちゃいそうなので、今日のところはここいらで帰ることにした。
スマホでバスの時間を調べると、帰りもやっぱり三十分待ち。
でもそんな待ち時間も、俺達にとっては楽しいひと時。
一緒に木陰で涼みながら、帰りに買ったラムネを飲む。
「久々に飲んだけど、美味しい!」
「そうだね、俺も何時ぶりだろう」
小さい頃は、ラムネを見つければ一目散に飲みたがったものだけどなと、自分も大人になったんだなという実感が湧いてくる。
中に入ったビー玉のせいで飲みづらくはあるけれど、それもまたラムネの味。
一緒に笑い合いながらラムネを飲む時間もまた、俺達にとっては楽しいイベントなのである。
そうこうしていると、帰りのバスが到着する。
車内に乗り込むと、さっきまでの熱気が嘘のように空調が効いていてとても涼しい。
二人で涼みながら、走り出すバスの車窓から景色を眺める。
ほとんど山の中に、住宅が立ち並ぶ田舎ならではの風景。
この辺にも小学生の時の友達の家などがあり、懐かしい気持ちが湧いてくる。
「わたしもいつか、こういう落ち着いたところで生活してみたいなぁ」
「そう? いざ住むとなると何もないけどね」
「そんなことないよ。だって――」
「だって?」
「――彰の実家があるじゃん? だからわたしが、嫁いであげよっか?」
少し上目遣いで、恥ずかしそうに頬を赤らめる梨々花。
その言葉と表情を前に、俺もすぐに耳が熱くなってくる。
「な、なぁーんてねっ! 結構汗かいちゃったし、シャワー浴びたいなぁ!」
「そ、そうだねっ! 俺も!」
お互い誤魔化すように、ぎこちなく笑い合う。
それでも、意識してしまっている二人の視線は再び重なる――。
「――ねぇ、もしさっきの話が本気だって言ったら、彰はどうする?」
そして梨々花は、先程とは違う真っすぐな眼差しで、改めてそう問いかけてくるのであった――。
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