第154話 池とボート
二十分ほど待って、バスがやってきた。
俺達はバスに乗り込み、目的地の公園へと向かう。
バスの車窓から、長閑な街並みを興味深そうに眺めている梨々花。
こういうところでも、俺にとっての当たり前が梨々花にとっては興味深いものなのだろう。
そうしてバスに揺られていると、目的地の公園に到着する。
「わぁ! すごい!!」
バスを降りた梨々花は、目前に広がる池を見て喜びの声を上げる。
公園には大きな池もあり、360度周囲を自然に囲まれた場所である。
ここも俺にとっては幼少の頃からよく知っている場所のため、新鮮味はないがある意味安心感みたいなものを感じられる場所なのだが、梨々花にとってはここも立派な観光地なのだろう。
ちなみに、ここの池には実はちょっとしたアトラクションがある。
それは、昔ながらのペダルボートだ。
スワンの形をしたペダルボートの存在に気付いた梨々花は、子供のように表情を綻ばせる。
「ねぇ彰! あれ乗りたいっ!!」
そして無邪気な子供のように、ワクワクとした様子でボートを指差す梨々花。
もう梨々花の中では、あのボートに乗ることが確定しているのだろう。
俺に確認を取りつつも、その足はもうそのボートへ向かっている。
「乗りたいなら、いいよ」
だから俺も、ここは断ったりはしない。
あのボートに乗るのは、恐らく小学生ぶりだろうか。
だから俺としても、実はちょっと楽しみだったりするのだ。
そんなわけで、公園について早々ペダルボートに乗り込んだ俺達は、一緒にペダルを漕ぎ始める。
ボートから眺める池の景色は、脇から観ていた景色とは異なり開放感に溢れている。
池の中に目を移せば魚が泳いでおり、そんな自然豊かな環境は心地いい。
隣の梨々花も、ボートを漕ぎながら楽しそうに微笑みかけてくる。
「ねぇ、もっと奥まで行ってみようよ!」
「奥? いいけど、戻るの大変になるけど大丈夫?」
「へーきへーき! わたし達配信者は、もっと運動しないとだからねっ!」
決してペダルは軽いとは言えず、実はこのボート漕ぎもそれなりに運動になっていたりするのだが、梨々花はそんなこと意に介さず元気いっぱいだった。
たしかに大学に入学してからというもの、あまり運動出来ていなかったことを自覚する。
だから俺も、それならばと腹をくくる。
せーので再びボートを漕ぎ出すと、さっきより勢いよく漕ぎだした分スピードに乗り出す。
そのまま競い合うように目標の場所まで勢いよく漕ぎ続けると、思ったより早く到着した。
ペダルを漕ぐのをやめると、どっと疲労感が押し寄せてくる。
そして二人同時に、吹き出すように笑い合う。
何がおかしいのかもよく分からないけれど、こんな真夏日に何をしているんだと急に笑えてきたのだ。
それはきっと、こうして一緒に馬鹿をする相手が梨々花なことも大きいのだろう。
そう思えるのは、今も隣で笑っている梨々花を見られることが、嬉しいと思っている自分がいるから――。
そうして一頻り笑い終えた俺達は、ようやく今の状況に気が付く。
周囲に誰もいない池の上、今は小さいペダルボートの中で二人きり――。
昨日から、ほとんどの時間を二人きりで共有はしている。
しかし今の状況は、これまでと違い意識してしまう自分がいた。
「……あ、あっついね!」
「そ、そうだねっ!」
とりあえず何か話さないとと思い声をかけると、梨々花も慌てて話を合わせてくれる。
しかしその様子はどこか挙動不審で、梨々花もきっと今の状況を意識していることが分かった。
そのまま無言で、見つめ合う二人――。
何か話さないとと思うけれど、続く言葉が思い浮かばない。
それは梨々花も同じなのだろう。
その口は何か言葉を探すように、少しだけ動いている。
だが、その時だった――。
池の中から、突然大きな魚が水面から飛び出してきて、大きな水しぶきの音を立てる。
「うわぁ!」
驚いた梨々花が、慌てて俺に抱き着いてくる。
その勢いでボートは揺れ、さらに梨々花の恐怖を煽る。
揺れるボートの上で、ブルブルと震える梨々花を安心させるように俺も梨々花を抱きしめ返す。
そして十分に揺れが落ち着いたのを見計らって、俺は梨々花へ声をかける。
「……えーっと、なんか大きい魚もいるし、そろそろ戻ろうか?」
「うん……そうする……」
俺の腕の中にうずくまるように、か細い声で返事をする梨々花。
身体の震えは収まっているようだが、まだ離れようとはしなかった。
「……でももうちょっと、このままで」
そんな梨々花からのお願いごとを断れるはずもなく、そのまま暫く
二人で抱き合った。
「……よしっ、ごめんね! もう大丈夫!」
どれぐらい抱き合っていただろうか。
ゆっくりと身を離した梨々花は、もう落ち着いたのだろう。
また元気の良い笑みを浮かべながら、ガッツポーズを向けてくる。
しかしその表情は、少し赤らんで見える気がするのは、この暑さのせいだろうか――。
それから停留所を目指して再びボートを漕いでいる間、俺はそのことがずっと気になってしまうのであった――。
--------------
<あとがき>
Nice boat.
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