第153話 2日目

「さ、さーて、今日はどうしようか」


 完全に目を覚ました俺は、恥ずかしさを誤魔化すように伸びをする。

 しかし、隣に視線を移せばそこには梨々花の姿。

 高校生まで過ごした自分の部屋に、梨々花がいるという状況はやっぱり変な感じがするというか、どうしても意識してしまう自分がいた。


「あはは、寝ぐせすごいよ?」

「え、マジ!?」

「うん、まずは寝ぐせ直そうね」


 俺を見て、おかしそうに笑う梨々花。

 慌てて頭に手を当ててみれば、たしかに重力に逆らう髪の毛達……。

 まずは梨々花の言う通り、とりあえず俺も身嗜みぐらい整えようと思いベッドから起き上がる。


「じゃ、じゃあちょっと行ってくるよ」

「うん、わたしはこの部屋にいてもいい?」

「うん、大丈夫」


 まぁ、一人でリビングも気を使うだろう。

 別に見られて困るものもないし、俺は大丈夫だと頷いた。


 すると梨々花は、何やら悪戯な笑みを浮かべながら「いってらっしゃい~」とその細い手をひらひらと振る。

 そんな反応がちょっと気になりつつも、俺はまず寝ぐせを直しに洗面所へと向かうのであった。



 寝ぐせを直し、歯も磨き終えた俺は、最後に服も着替えて自室へと戻る。

 するとそこには、さっきまで俺が寝ていたベッドで横になる梨々花の姿があった。


 俺が帰ってきたことに気が付くと、梨々花は嬉しそうに「おかえり~」と微笑む。

 そんな言葉と、俺の部屋にあまりにも馴染んでいるその姿を前に、俺はまたしても意識してしまう。


「この漫画、面白いね!」

「ん? あ、ああ、それね」

「ヒロインの子がすっごく可愛い~!」


 そう言って、尚も横になりながら漫画を楽しむ梨々花。

 ただベッドで横になっているだけでも、ドキドキしてきてしまう自分はちょっとおかしいのだろうか?


 ……いや、きっとみんな同じはずだ。

 大学では、誰もが思わず振り返ってしまうような美女が、自分のベッドで横になっているのである。

 そんなもの、意識してしまうに決まっているのだ。


 でも俺は、それが同時に嬉しくもあった。

 何故なら、こうして梨々花がうちの実家に来て楽しんでくれている姿を見られることが素直に嬉しいと思っているから。


 この夏休み、せっかくここまで遊びに来てくれているのだ。

 梨々花には、大学で初めての夏休み、そして何より自分の地元を楽しんで欲しいと思うから。

 そんな気持ちを抱きつつ、俺は漫画を楽しむ梨々花へ声をかける。


「ねぇ梨々花、今日は天気もいいしさ、ご飯食べたら近くの公園に――」

「えっ!? 行きたいっ!!」


 俺が言い終えるより先に、食い気味に返事をする梨々花。

 読んでいた漫画をパタリと閉じると、嬉しそうにベッドから起き上がる。


 見た目は美人なギャルだけれど、その反応はまるで幼女のようで、そのギャップの塊のような可愛さを前に思わず笑ってしまいそうになる。


「どんなところ!?」

「え? ああ、自然豊かなところ、かな?」

「えー! 凄い!!」


 生まれも育ちも東京の梨々花にとっては、自然が物珍しいものなのかもしれない。

 しかし、まるで某夢の国へ行くことが決まった子供のような反応をされると、期待外れにならないかちょっと不安になってくる。


 まぁそんなこんなで、とりあえず一緒に朝食を食べたあと、今日は一緒に公園へ遊びに出掛けることにした。



 ◇



 玄関を開けると、外は雲一つない晴天が広がる。

 そんな絶好のお出かけ日和の中、俺は梨々花と一緒に家を出る。


「あっついね! 夏~って感じ!」

「本当にね」


 眩しそうに、空を見上げる梨々花。

 一緒に空を見上げれば、照り付けるような陽射しが差し込んでくる。

 それでも今日は比較的湿度も低く、それほど不快感も感じられない気がする。


 ――いや、それは梨々花が一緒だからかもな。


 今も隣には、梨々花の姿。

 今日は白のタイト目なTシャツに、薄いインディゴのダメージジーンズ。

 足元は歩きやすいようにローカットのスニーカーを履いているが、それでも元々細くて長い綺麗な足は美しくモデルのようだ。


 そんな梨々花と二人きりで出掛けられることが、俺は純粋に嬉しいのだ。

 だから気分も高揚し、普段より暑さも気にならないのだと自覚する。


 ちなみに公園へは、歩いていけないこともない距離なのだが、真夏日に歩くには流石に距離があるため今回はバスに乗って向かうことにした。

 二人で自販機で買ったジュースを飲みながら、バス停でバスの到着を待つ。


「セミが沢山鳴いてるね」

「あはは、そうだね」


 ミンミンと鳴く蝉の声。

 東京でも一応蝉はいるが、思えば全然数が違うことに気付く。

 こっちでの当たり前が、向こうでは当たり前ではなかったように、逆もまた然りであることを改めて気付かされる。


 そしてそれは、何よりこうして梨々花がこの町にいることが、一番当たり前ではないのである。

 東京ならすぐにやってくる電車もこの町にはなく、あるのは一時間に一本しかない路線バスのみ。

 同じ時を生きているのに、この町にいると時間の流れがゆっくりと感じられる。


 そんな自分の中でも変化を感じながら、俺達はバスが来るまでのんびりとした時間を楽しむのであった。



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