第149話 夕飯
「だ、大丈夫、かな……?」
「うふふ、大丈夫よ。着替えに行っただけだから、気にしないで! それよりもほらっ、ご飯にしましょう!」
気まずそうにソワソワする梨々花に、大丈夫と笑う母さん。
さっきみたいな凜子の気まぐれはよくあることなので、俺も父さんもいつものことだと分かっているのだが、まぁ初対面の梨々花が戸惑ってしまうのも無理はなかった。
だがやっぱり心配は不要で、凛子が去って数分後。
二階からドタドタと階段を下りる足音が聞こえてくる。
「お母さん! とりあえず、ご飯っ!!」
そして、二階から駆け下りてきた凛子は、部屋のドアを開けながら母さんに声をかける。
先程の制服姿ではなく部屋着に着替えており、凛子は俺や梨々花を避けるようにテーブルの定位置に座る。
今日も部活を終えた育ちざかりの女子高生だ、どれだけ機嫌を悪くしようと空腹には勝てないのである。
「おい凜子、失礼だぞ。ちゃんと挨拶しなさい」
「……でもぉ」
「でもじゃない」
「うぅ……き、桐生凜子、です……」
そして、父さんに
「うん! よろしくね!」
それでも、元々コミュ力は抜群の梨々花は、凛子のふてぶてしい挨拶にも持ち前の笑みを浮かべつつ明るく返事をする。
そんな梨々花の屈託ない笑みを前に、今度は凛子が気まずそうにしながら、梨々花の様子をチラチラと窺っているのであった。
「……本物だ」
「え? ほ、本物?」
「本物の、都会のギャル……」
そして凜子は、梨々花に対する率直な感想をぼそりと呟く。
元々明るい性格ではあったが、高校二年生になってギャルっぽい雰囲気に変わった凜子。
そんな凜子にとって、ある意味到達点とも言えるような存在が目の前にいるのだ、きっと憧れみたいなものを抱いているのだろう。
聞かずともそれは顔に書いてあるようで、コミュ力溢れる梨々花もすぐにそのことを察したようだ。
ぱっと思い出すように手を合わせた梨々花は、自分のキャリーケースから何かを取り出す。
「そういえば、まだ渡せていなかったんですけど、これ良かったらみなさんでどうぞ!」
「あらー、いいの?」
「はい! これ、実家の近くのお店なんですけど凄く美味しいんですよ」
そう言って梨々花が差し出したのは、一つの包箱。
包装紙には『東京ウサギまんじゅう』と書かれている。
それは俺もよく知っている、ウサギの形をした東京のお土産で人気なお饅頭だった。
「え、マジ!? すごい!!」
すると、同じくそれが何か気付いた凜子は、さっきまでのふてぶてしさもどこへやら。
ワクワクするようにその瞳を輝かせながら、梨々花のくれたお土産に興味津々なご様子だった。
「凜子ちゃん、知ってるの?」
「はいっ! テレビで観ました! モデルのAYASEちゃんが食べてたので!」
「あー、AYASEちゃんね」
AYASEと言えば、お昼の番組などに引っ張りだこの今人気なギャル系モデルだ。
そんな凜子にとっての憧れのモデルが、テレビで食べていた都会のお菓子が目の前にあるのだ。
地方に住む者として、興味を抱く気持ちは俺も理解できる。
まぁそれは、俺達が似た者兄妹であるが故なのかもしれないが。
「……り、梨々花さんも、AYASEちゃん好きなんですか?」
「え? あー、うん。可愛いよね、AYASEちゃんは中学時代の先輩なんだ」
「えぇ!? そ、そそそ、そうなんですかっ!?」
「うん、今でも仲が良いからたまに遊んでるよ」
そう言って梨々花は、自分のスマホの画像フォルダからAYASEちゃんとのツーショット写真を凜子に見せる。
そんな情報は俺も初耳だったのだが、まぁ考えてみれば男でギャルでもない俺に、そんな話をするキッカケがなかったのは当たり前と言えるだろう。
そして凜子はというと、梨々花の見せるAYASEちゃんとのツーショット写真を前に、もうさっきまでの人見知りは完全に消え去った様子で、ワクワクキラキラとした表情で写真に目を輝かせているのであった。
そんなこんなで、すっかり梨々花に懐いてしまった凜子は、俺の隣から自分の隣に梨々花を横取りすると、嬉しそうに一緒にご飯を食べることとなった。
久々に食べる母さんお手製の肉じゃがや煮物は相変わらず美味しく、梨々花の口にも合ったようだ。
俺がまだ実家に住んでいた頃は、こうして家族四人で夕飯を食べていた食卓。
そこへ、梨々花が加わっているというのはやっぱり不思議な感覚がするのだが、それは決して違和感などではなく、一緒に楽しい団欒のひと時を過ごすことができたのであった。
以前から、梨々花もうちの家族であったかのように――。
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