第147話 実家
あっという間に時間が過ぎ、気付けばバスの到着時間の五分前。
カフェを出た俺達は、そのままバス停へと向かう。
「人が多いわけでもないし、いいところだね」
歩きながら、そう言ってぐっと気持ち良さそうに伸びをする梨々花。
東京と違い、お店は比較的空いていてゆったり過ごせるこの街は、確かに俺にとっても過ごしやすく感じられる。
こっちにいた頃は、ずっと都会への憧れみたいなものを抱いていた気がするけれど、都会を知った今ならどんな土地にも一長一短があるもんだなと納得できるのであった。
こうして無事バスに乗り込んだ俺達は、そのまま実家の最寄りのバス停でバスを降りた。
辺り一帯は、駅前とは異なり畑や一戸建ての家屋が建ち並ぶ。
バス停の向かいには神社があり、その一角だけ小さな森のように木々が生い茂っている。
そんな、見慣れていたはずの景色だけれど、久々に見ると存在感の感じられる神社を隣の梨々花も興味深そうに眺めている。
俺の実家でなければ、まず間違いなく梨々花がこの街へやってくることのなかったであろう。
俺が東京へ進学したのも、そしてお互いがVtuberとして活動することも、全てが巡り合わせなのだ。
だからこそ、巡り巡って今があるのだと思うと、それはやっぱり嬉しいことだった。
そんな感謝を抱きつつも、俺は梨々花を連れて実家へと向かう。
道の先のあの曲がり角を曲がれば、ようやく実家に到着する。
◇
「ただいまー」
一応軽くノックをしつつ、俺は玄関の扉を開ける。
「あら、おかえりなさい」
帰ることは伝えていたため、俺の声に気付いた母さんがすぐに出迎えてくれた。
そして、玄関へとやってきた母さんは、隣に立つ梨々花に目を向けると少し驚いたように微笑む。
「あらあら、そちらが藍沢さん?」
「は、はは、はじめまして!」
緊張しながら、ペコリと頭を下げる梨々花。
そんな梨々花の初々しい様子に、母さんはおかしそうに笑う。
「全然気楽にして頂戴な。遠いところせっかく来てくれたんだもの、自分の実家だと思ってくれていいからね」
「え? あ、はいっ!」
「それじゃ、とりあえず上がろうか」
そうは言われても、いきなり来て実家感覚で過ごせるはずもないため、俺がリードしとりあえず上がってゆっくりすることにした。
「おう、帰ったか」
「うん、ただいま」
居間では父さんが新聞を読んでおり、母さんの時と同じく梨々花に気が付くと嬉しそうに微笑む。
「はぁー! これまたすっごいベッピンさんだな」
「は、はじめまして! 藍沢梨々花と申します!」
「はいどうも。彰の父の
「あ、ありがとうございます!」
母さん、そして父さんの言葉に、ようやく梨々花も少し緊張がほぐれてきたのだろう。
俺の顔を見ながら、少し照れ臭そうに微笑む。
こうして、ついに俺の実家へとやってきた梨々花は、興味深そうに部屋をキョロキョロと見回していた。
そしてその視線は、壁に掛けられた一つの写真で止まる。
「あれ、可愛いでしょ? これでもこの子、小学生の頃は野球をやってたのよ」
「へぇ、そうなんですね! たしかに可愛い」
「これでもはおかしいし、あんまり見なくていいから!」
恥ずかしがる俺に、母さんと梨々花は顔を見合わせて笑い合う。
さっきまでの緊張はどこへ行ったのか、気が付けばこの場は二対一になっていた。
「はっはっは! そうだろう? 頑張ってたけど、中々打てなくてなぁ」
「ちょ! 父さんも余計なこと言わなくていいからぁ!」
いや、二体一ではなく三対一だった。
そんな俺の写真から、話は俺の小学生時代の思い出話しに花が咲き、すっかり俺だけ恥ずかしい思いをする状況になってしまっていた。
それでも、梨々花がうちの両親ともこうして楽しそうにしている姿が見られて、内心ほっとしていた。
せっかくここまで来て貰ったのだ、何も無いところだけど、梨々花には最後まで沢山楽しんで行って欲しいと思っているから。
そんなわけで、梨々花もすっかりうちの両親と馴染んだところで、晩御飯まで居間で一緒にゆっくり過ごすことにした。
そして気が付けば、時刻は十七時。
鞄からノートPCを取り出した俺は、居間のローテーブルの上で開く。
そして開くのは、これから行われるハヤトとレナちゃんのコラボ配信。
前回の二人のホラゲ配信はとても反響を生み、逆に面白い『#虚無ホラゲ』としてSNSでもトレンド一位を獲得したのである。
そして、さっそく今日もこれから第二弾『#虚無ホラゲ』のコラボが行われるため、バズってるし一応観ておこうと思い配信を再生したのである。
「あ、レナちゃんとハヤトさんだ!」
「うん、このバズってる二人の配信はチェックしとかないとと思って」
「あはは、たしかに! こんな何も起こらないホラゲ配信は、多分ここぐらいだからね」
そう言っておかしそうに笑う梨々花も、一緒に隣で動画を観る。
その距離は腕と腕が触れ合うほど近く、その近すぎる距離感をつい意識してしまう自分がいた。
ここは自分の実家なのに、こうして隣に梨々花がいてくれているという非現実さを、改めて実感するのであった。
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