第146話 到着
豊橋を出立し、今度は新幹線ではなく在来線に乗り込む。
東京とは遠く離れた地方の在来線、車両の数や人の数、中でも梨々花は次の電車が来るまでの待ち時間の長さを物珍しがっており、こっちの方がゆったりしていていいねと微笑んでいた。
自分もこっちに住んでいた頃は、五分もかからずに次の電車が来る東京の環境を羨ましがっていたのだが、いざ東京に住んでみると梨々花の言いたいことも少し理解できる自分がいた。
「自然が広がってるねぇー」
そんな梨々花だが、現在は車窓の向こうに広がる長閑な景色を眺めながら、ここでもすっかり旅行気分。
そんな楽しそうな梨々花の隣に座りながら、俺も一緒に窓の向こうを眺める。
地元を離れて、まだそんなに長い時間が経っているわけではない。
けれど、暫くビルに囲まれたような大都会で生活をしていると、こういう景色が既に懐かしく感じられた。
そうして電車を乗り継ぐこと一時間、ついに地元の駅へと到着した。
「うわぁー! ここが、彰の地元なんだね!」
改札をくぐり、梨々花は興味津々といった様子で周囲を見回す。
立ち寄った豊橋よりももっと田舎だけれど、駅前だけは少し栄えている地元の中心地。
そんな見慣れた街並みに、久しぶりに帰ってきたのだと安心する自分がいた。
「ここからはバスになるけど、まだ時間があるね」
「そっか! じゃあ街をブラブラしよーよ!」
やったーと喜ぶように、俺の手を取る梨々花。
実家へ向かうバスは、一時間に一本のみ。
しかも前のバスは出たばかりで、次のバスまでまだ一時間近くあるため、俺達は一緒に少し駅前をブラブラと見て回ることにした。
◇
昔は寂れていた駅前の商店街も、今では改築が行われ綺麗なお店が建ち並んでいる。
街行く人は多くはないがいないわけでもなく、東京とは違う落ち着いた街並みに、梨々花は良いところだねと微笑む。
俺自身、この商店街を歩くのは久しぶりなのだが、たしかに地元であることを抜きにしても良いところだなと思えた。
ただ、きっと一人でここを歩いても同じようには感じられなかっただろう。
今は梨々花が一緒にいてくれるから、一人ではスルーしていたものも楽しむことが出来ているのだ。
「え、台湾まぜそばって何? ちょっと食べてみたいかも!」
「あー、そう言われると俺も食べたことないな」
「こっちでは有名なんでしょ? どんな味がするんだろ?」
こんな風に、目に入るものを興味津々な様子で楽しむ梨々花。
そんな梨々花が一緒だからこそ、やっぱりこんなにも楽しいのだ。
それから適当に街をブラブラした俺達は、ちょっと疲れたしバスが来るまでカフェで休憩することにした。
入ったカフェは全国チェーンの有名店で、俺はアイスコーヒー、梨々花はフラペチーノを注文した。
「ごめん、ちょっとトイレ行きたいかも」
「分かったよ、荷物預かるから行っておいでよ」
「うん、ありがと! ごめんねっ!!」
結構我慢していたのだろうか、そう言うと梨々花は急いでトイレへと向かって行った。
そんな梨々花を見送った俺は、代わりに梨々花の分のフラペチーノも受け取ると、空いていた席へと座る。
「あっれー? 桐生じゃね?」
すると、そんな俺に向かってどこか聞いたことのある声がかけられる。
振り向くとそこには、高校時代の同級生の姿があった。
しかも、一人ではなく三人。
たしか三人とも、地元の大学へと進学していたはずだ。
「あ、ああ、久しぶり」
「え、マジで桐生じゃん! なんか雰囲気変わったな!」
「東京の大学行ってんだろ? 大学デビューってやつかぁ?」
「あはは、まぁそんなとこ」
三人とも、高校時代は俺と違ってクラスの中心人物。
こうして話していると、高校時代のことが思い出される。
三人からしてみれば、髪をセットし、それに洋服も今風のお洒落している今の俺は、きっと大学デビューそのものに見えるのだろう。
別に悪気があるわけではなく、彼らからしてみればただのイジりなことは分かっているが、話を合わせるので正直いっぱいいっぱいになってくる。
「ん? ピンクのキャリーケースってことは、女と一緒なのか?」
「てことは、東京の女ってこと? おいおい、どんな子だよー」
「うわ、桐生の女とかめっちゃ気になるわ。俺の彼女より可愛いかったりして」
そして三人は、一つ多いドリンクとキャリーケースに気付き、一緒にいる相手に興味を移す。
これも悪気こそないのだろうが、所謂陽キャのノリが俺にとっては少し重圧に感じられる。
「お待たせー、あースッキリスッキリ」
そこへ、トイレから戻った梨々花がやってくる。
我慢していたトイレを済ませた梨々花は、満足そうに微笑みながら俺の向かいの席へ座ると、声をかけてきた三人に気付いて「知り合い?」と首を傾げる。
「おいおいマジかよ! すっげー美人じゃん!」
「東京ぱねぇ!」
「マジでモデルかなんかじゃないのか……?」
「……え、何?」
グイグイ来る三人に、ちょっと嫌そうな表情を浮かべる梨々花。
「ごめん、三人とも高校の同級生で、ここでたまたま会って……」
「あー、なるほど」
事情を把握した梨々花は、自分のフラペチーノに口をつけチューチューと吸う。
そして美味しかったのか、パァっと表情を明るくする。
「てか、二人は付き合ってるのか?」
「なわけねーだろ、見た目は変わっても桐生だぞ?」
「付き合ってないなら、俺彼氏に立候補したいかもー」
「いや、お前は彼女おるだろ」
そんな梨々花をジロジロと見ながら、三人は勝手に盛り上がっていく。
高校時代からモテていた三人だ、きっと三人とも自分に自信があるのだろう。
ただ、これ以上は流石に不味いと思った俺は、ここは嘘でも彼氏だと言ってこの場を治めるべきだと思い、口を挟もうとしたその時だった――。
「んー、ごめん。わたし今、彰と一緒にいるからそういうのはパスで」
三人には目もくれず、その細い手をひらひらとさせながら適当にあしらう梨々花。
そんな全くの脈無し過ぎる対応に、三人は苦笑いを浮かべる。
「え、じゃあ何? 桐生のことが気になってるってこと?」
「じゃなきゃ、一緒にここにいるわけなくない? もういい?」
「そ、そうか……なんか、すまんかった……」
既に飲み物はなくなっていた三人は、顔を見合わせてそそくさと店内から出ていく。
去り際、三人は口々に詫びを入れてくれはしたが、正直すごく迷惑だったから返事はしないでおいた。
そうして三人がいなくなったのを確認すると、梨々花は呆れるように溜め息をつく。
「はぁ、何あれ。自信過剰すぎ」
「ごめん、俺がもっと早く言うべきだったのに」
「ううん、気にしないで。……それに、あんな奴らより彰の方が五億倍素敵だから、ね?」
「ご、五億倍!?」
「そう、五億倍♪」
先程の塩対応とは異なり、恥ずかしそうにその頬を赤らめながら再びフラペチーノを飲む梨々花。
そんな梨々花の言葉と反応を前に、俺の顔もどんどんと熱を帯びていくのであった。
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