第145話 新幹線

「うわぁー! 新幹線乗るの久しぶりぃー!」


 新幹線の窓側の席を取った梨々花は、楽しそうに窓の外の景色を眺める。

 その様子は無邪気な子供のようで、時折り嬉しそうにこちらを振り向く梨々花に俺も自然と笑みが零れる。


 東京から向かう先は豊橋。

 そこから乗り継いで、愛知の地元へと向かう予定だ。


「ね、あれ富士山じゃない!? すごい!!」

「梨々花は富士山見るの初めて?」

「ううん、そうじゃないけど、いつ見ても凄いよね!」


 そう言って、楽しそうに富士山を指差す梨々花。

 こうして、ただの移動するだけでも今を楽しんでくれていることが、俺も素直に嬉しかった。


「何だかさ、梨々花がこうして一緒にいてくれるだけで、こっちまで楽しくなってくるよ」

「そ、そう? なら良かった」

「うん、ありがとね」


 そう俺が笑いかけると、梨々花は恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 そのあからさまに照れている反応も可愛くて、俺まで少しドキドキしてきてしまう。


 思えば、今は新幹線の座席に並んで座っており、梨々花がすぐ隣にいる状況。

 それを意識してしまったが最後、改めて近すぎるその距離感を意識してしまう自分がいた。


 ――考えようによっては、これって普通にデートだよ、な。


 いや、考えなくてもそうだ。

 それにこれから、梨々花は一緒にうちの実家に向かうのだ。

 そんなのはもう、彼氏彼女の段階すら飛び越えてるんじゃないだろうか……?


 だが俺は、そこまで考えて首を小さく横に振る。

 梨々花は言っていたのだ、これまであまり遠出をする経験がなかったと。

 だからこそ梨々花にとって、俺の実家へ行くということそのものが旅行なのである。


 それに梨々花は言ってくれたのだ。

 俺の地元がどんなところなのか知りたいと。

 であれば、地元に来て貰う以上は、俺も梨々花にも楽しんでいって貰いたいと思っている。


 そんな、改めて今回の帰省に梨々花が同伴することの意味を再認識した俺は、再び隣の梨々花へ目を向ける。

 すると梨々花は、疲れているのか欠伸とともに眠たそうに目を擦っていた。


「昨日も夜中まで配信してたでしょ? 疲れてるんじゃない?」

「あー、うん。配信はしばらく出来なくなるからね」

「起こしてあげるから、ちょっと休んだら?」

「んー……じゃあ、そうさせて貰うね。ありがと」


 そう言うと梨々花は、言われた通り寝る体制に入る。

 しかし、その顔は窓側ではなく俺の方に向けられ、さっきよりも顔が近付いた状況に、俺はやっぱりドキドキさせられてしまう。


 各駅停車の新幹線のため、まだ豊橋までは三駅以上ある。

 この状況をどうしたものかと思いつつも、これも役得ってやつなのかなと思い楽しむことにした。


 一人で帰るのではなく、こうして一緒に帰る人のいる喜びを感じながら――。



 ◇



「起きて梨々花、もうすぐ着くよ」


 梨々花を起こした俺は、新幹線を降りる準備をする。


「……ん? もう着いたの?」

「あはは、一時間ぐらい寝てたからね」

「あー、そっか……んー!」


 寝起きの梨々花は、気持ち良さそうに伸びをする。

 そして窓の外に広がる豊橋の街並みに、また興味津々な様子で食いついていた。


 そして豊橋駅に到着した新幹線を降りると、在来線への乗り換えのため改札をくぐる。


「ちょっと早いけど、せっかくだしここでお昼にする?」

「うん、いいね!」

「寝起きで食べれる?」

「それは余裕」


 そう言って、ドヤ顔でグーポーズを向けて来る梨々花。

 梨々花のこういう飾らないところが好きな俺は、思わず笑ってしまう。


 こうして俺達は、地元へ帰る前に豊橋でランチをしていくことにした。


「ねぇ、うどんが有名みたいだよ?」


 早速スマホでランチのお店を探してくれた梨々花が、自分のスマホの画面を見せてくれる。

 どうやらカレーうどんが有名のようで、美味しそうな写真に食欲がそそられる。


「いいね、じゃあそこにする?」

「うん! 行ってみたい!」


 幸い駅からそう遠くもないようなので、そのうどんのお店でランチを済ませることにした。

 向かう道中、梨々花はやっぱり見知らぬ土地に興味があるのか、周囲を楽しそうに見回している。


「へぇー、豊橋も結構賑わってるんだねぇー」

「あはは、そうだね。初めて来るんだよね?」

「うん! 初めて! 楽しい!」


 そう言って、満面の笑みを浮かべる梨々花。

 東京以外の街並みが珍しいようで、梨々花にとってはこうして歩いているだけでも観光なのだろう。

 それは俺にとっても連れてきた甲斐があり、楽しんでくれていることで俺も楽しい気持ちになる。


 俺の地元はこの辺よりもっと田舎だから、それはそれでどんな反応を見せるのかちょっと楽しみだ。


 そうして歩いているうちに、すぐに目的のうどん屋さんに到着した。

 ランチ時にはまだ少し早いためか、幸い席は空いておりすんなりと案内して貰えた。


 こうして二人で食べたカレーうどんはとても美味しく、梨々花は嬉しそうにうどんの写真をインスタにアップしていた。

 そんなところはやっぱり見た目通りというか、これまで写真でしか見ることのなかったインスタの向こう側の人達が、今目の前にいるのだと思うと少しおかしくもあった。


 そんなわけで、今回の二人旅。

 二人で過ごす楽しい思い出が、さっそく一つ出来たのであった。




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