第142話 おやすみ

「……今日はありがとな」


 寝る前の歯磨きを済ませ、布団に潜り込んだ俺は先に横になっているハヤトに声をかける。

 今日は思えばずっと遊び続けていたけれど、今日という日の場所を提供してくれたことへの感謝を改めて伝えたかったから。


「ははは、どういたしまして。みんな楽しんでくれたようで何よりだよ。アーサーも楽しめただろ?」

「まぁな」

「なら良かった」

「なんか、ハヤトって保護者みたいだよな」

「そうかい? なら、今日からお父さんって呼んでくれても構わないよ?」

「それは絶対無理」


 そんな下らないやり取りで、笑い合う俺達。

 でも本当に、ハヤトは俺達FIVE ELEMENTSにおける父親のような存在なのかもしれない。


 元々最年長ではあるが、それ以上にいつも俺達メンバーのことをすぐ近くで見守ってくれているのがハヤトだから。

 それは俺だけでなく、きっと他のメンバーも分かっていることだろう。


 普段はこうして直接対面で会う機会も限られているし、中々面と向かって伝えることのできなかった感謝の言葉。

 それを伝えることができて良かったなと思いつつ、俺達は少しだけ他愛のない会話を楽しみつつ明日に備えて早めに休むことにした。


 ガサゴソ……。


 しかし、眠りに付こうにも微かな物音が気になってしまう。

 誰かがリビングへ降りてきているのだろうかと思いつつも、その微かな音はやたらとダイレクトに響いてくるというか……。


 そしてそれは、物音だけでなく囁くような声までセットだった。

 隣からは、ハヤトの寝息が聞こえてくるため起きているのは俺だけ。


 仕方なく俺は、ハヤトを起こさないように気を付けつつドアを開ける。

 するとドアの向こうには、アユム、ネクロ、そしてカノンの姿まであった。


 廊下には灯りは付いておらず、手にした懐中電灯の灯りだけでこの三人は何をしているのだろうか……。


「あ、バレた」

「夜這い失敗」

「あんた達ねぇ……」


 おどけるアユム、悔しそうにするネクロ、そして呆れるカノン。


「……何してんだよ、ったく」

「旅行には、寝起きドッキリはつきもの」

「……まだ夜だが?」

「わたしもアユムも寝起きが良くない。だから夜のうちにドッキリを」


 いやいや、意味が分からないし、普通男女逆だろとか色々ツッコミを入れたくなりつつも、眠たい俺は「はいはい」と適当に流す。


「ごめんねアーサー、わたしは止めたんだけどね」

「あ、酷いカノン! 自分だけ助かろうとしてる!」

「ここまでついてきておいてよく言う」

「ちょ!? そ、それはあんた達が変なことをしないようにって思って! アーサーは信じてくれるよね!?」

「あ、ああ、分かったから」


 焦るカノンの必死さに少し困惑しつつも、分かったからと宥める。


「ハヤトはもう寝てるけど、今日は色々やってくれて疲れてるだろうし、起こすのは勘弁してやってくれな」


 とりあえずここは、ハヤトを起こさないためにもそう言って夜這いはお断りしておく。


「それはそうね」

「分かった」


 すると、意外とすんなり受け入れてくれたアユムとカノン。

 そしてほっと一息つきつつも、心なしか残念そうに見えなくもないカノン。


「じゃあ、一時間後にアーサーが夜這いしにくるといい」

「へ?」

「あ、それいいね! わたし達のあられもない姿が見られるかもよ?」

「ちょっと!? わたしも同じ部屋なんだけど!?」

「いやいや、行かないから」


 どこまでも修学旅行ノリなメンバーに呆れつつも、メンバーとこんな下らないやり取りができるのも旅行ならではだよなと思うと、それはそれでちょっとおかしくもあった。


「じゃ、明日もあるし俺は寝させて貰うよ」

「ちぇ、分かった」

「アーサーも硬派だよねぇ」

「ほら、二人ともさっさと行くわよ! ごめんねアーサー、おやすみ」


 不満そうなアユムとネクロ二人の背中を押すカノン。

 こうして、最後の最後まで騒がしいメンバーを見送ると、俺も再びベッドへ戻ることにした。


 ベッドに潜りながら、俺はさっきの言葉を思い出す。


『じゃあ、一時間後にアーサーが夜這いしにくるといい』


 ネクロのその言葉通り、もし本当に夜這いをしに行ったらどうなるのだろうか――?

 眠る前の脳で、一度そんなことを考えてしまったが最後。

 ダメだと頭では分かりつつも、三人の眠っている姿を想像してしまう自分がいた。


 メンバー相手に何を考えているんだと、変な考えを振り切りつつ俺は眠ることだけに集中する。


「で? 本当に夜這いはいかないのかい?」


 すると、そんな俺にハヤトが声をかけてくる。

 どうやらさっきの会話で起きたようで、三人との下らないやり取りをバッチリ聞かれてしまっていたようだ。


「い、いかねーから! 寝るぞ!」

「ははは、おやすみ」


 こうして長かった一日は、最後まで色々ありつつもようやく終わっていくのであった。

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