第93話 テストの終わり

 ついにやってきた、テスト本番。

 とは言っても、大学の場合は教科書持ち込み可の講義もあったりするから、ポイントさえ押さえておけばよっぽど単位を落とすようなことはないと思えた。


 それでも、高校の頃に比べると内容は専門的であり、教科書を見れるからと手ぶらで臨んでは確実に厳しかったに違いないだろう。

 勉強しておいて良かったとほっとしつつ、テストは全て終わりようやく勉強から解放されたのであった。


「よーし、あとは夏休みだね!」


 テストを終え、帰宅するため一緒に大学の敷地内を歩く梨々花。

 気分はもう、テストから夏休みに完全にシフトしているようで、ワクワクとした様子で微笑んでいる。


「そうだね」


 そんな梨々花に、俺は笑い返す。

 夏休みが楽しみな気持ちは、俺も同じなのだ。


 大学生になり、バイトも部活も何もない俺は、これから九月の中頃までの約二ヵ月間ほぼ自由なのだと思うと、それはもうワクワクしないわけがなかった。


 ――とは言っても、逆に言えば予定も何もないから、今のところ配信するぐらいしかやることないんだけどね。


 それがいいのか悪いのかと言われれば、自分でもよく分からない。

 それでも、時間を生かすも殺すも今後の自分次第。

 良い夏休みにできるよう、自分もちょっと積極的に動いてみようとは思う。


「……あ、彰はそのぉー、夏休みは実家に帰ったりするの?」

「え? あー、うん。そうだなぁ、まだ決めてないけど帰るかもね」

「そ、そっかぁー」


 なるほど、実家か――。

 まぁ正直、実家に帰ったところでという思いもあるが、向こうには家族もいるし帰ってあげようかなという気持ちもある。

 何もないところだが、それでもすっかり都会に馴染んでしまった今の俺としては、逆に地元の田舎さがちょっと恋しくなってきたぐらいだ。


「ほ、他には、何か予定はあるのかなー?」

「他? うーん……いや、正直まだ何も予定という予定はないんだよね」

「そ、そっかぁー」


 またしても、同じ相槌を返してくる梨々花。

 横目で俺の方を探るように見てきており、明らかに何か言いたげな様子だった。


「わ、わたしもね? 夏からバイト減らすんだぁ」

「そうなんだ? ――ってまぁ、俺達の場合配信もあるしね」

「そ、それはその通りなんだけどね? 今はそういう意味じゃないっていうかぁ……」


 何やら言い淀む梨々花。

 チラチラとこちらの様子を窺っており、明らかにその様子は挙動不審だった。


「梨々花?」

「……もう、彰って結構鈍感だったりするよね」


 俺が呼びかけると、今度は拗ねたように膨れる梨々花。

 そのあまり見せない表情は新鮮で、こんな時に思うのもあれだがちょっと可愛いと思ってしまった。

 だが、鈍感と言われてしまっては俺も考えなければならない。

 そして辿り着いた答えは、一つしかなかった。


「――そっか、大学が休みに入れば、梨々花とこうして会う頻度も減るってことか……」


 俺のその言葉を受けて、梨々花は驚いた様子でピタリとその足を止める。

 そしてその頬をまたぷっくりと膨らませながら、こちらを見つめてくるのであった。


「……分かってるんじゃん」


 不満そうに呟く梨々花。

 その言葉に俺は、不満そうにする理由が当たっていたことにほっとする。

 もし違っていれば、自意識過剰もいいところだったから――。


 でも考えて見れば、俺だって同じ気持ちだった。

 これから二ヵ月間、極論一度も梨々花に会えないのだとしたら、それはやっぱりちょっと……いや、結構辛いだろうから。


 だからここは、覚悟を決めて男の俺から膨れる梨々花へ声をかける。


「――じゃあさ、連絡していいかな?」

「え?」

「その……時間が合えば、ご飯、とかさ……」


 気持ちはあっても、こういう誘いに慣れていない俺は全然上手く言えなかった――。

 そんな情けない自分が嫌になってくるが、目の前の梨々花はパァっと笑みを浮かべる。


「うんっ! 行くっ! 絶対行こう!」


 嬉しそうに返事をしてくれる梨々花の言葉に、俺は再びほっと胸を撫で下ろす。

 隣に駆け寄ってきた梨々花は、それから楽しそうに行ってみたい場所を色々と教えてくれた。

 誘ったものの、女性と遊びに行く場所なんて大して知らない俺にとって、こうしていきたい場所を教えてくれる梨々花の話は有難かった。


 入学当初は、まずはサークルに加入し、それから大学で出会った女の子と付き合ったり云々、色々と思い描いていた大学生像——。

 でも実際は、サークルへ加入するキッカケもなく、いつも一人で過ごしてばかりいた俺。


 それでも、梨々花が全てを変えてくれた。

 そして今だって、こうして夏休みを俺と一緒に過ごそうとしてくれているのだ。


 その気持ちが、今はただただ嬉しかった。

 だからこそ、梨々花のしたいことはできる限り叶えてあげたいとも思う。


「――あとは、彰の地元とかも、行ってみたかったりしなくもない的なアレみたいなぁ?」

「え? 地元?」

「ほ、ほらっ! わ、わたしって生まれも育ちも東京だから? あ、あまり他所を知らない的な?」


 ああ、なるほど……。

 去年まで地元の田舎しか知らなかった俺と真逆なんだな。

 俺としては、地元に帰ったところでオススメできるような場所も特にないのだけど、人によって見え方も違うのかもしれない。


 だから俺は、そんな梨々花に笑って答える。


「そっか、じゃあタイミングが合えば、地元も紹介するよ」

「ほ、本当!? やったぁ!!」


 そんなに嬉しいかってぐらい、喜んでくれる梨々花。

 

 今年の夏は色々やりたいなと、それから梨々花は楽しそうにスマホへやりたいことを一つずつメモをしていく。

 だから俺も、梨々花のそのメモが埋まるように、それから駅で別れるまでお互いにやりたいことの案を出し合った。


 そんな話し合いは楽しくて、おかげでさっきまで何もなかった俺の夏休みも、楽しみに溢れていくのであった。


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