第94話 どっち
帰宅した俺は、いつも通りパソコンの電源を入れる。
すると、今日も今日とてチャットが沢山届いていた。
まぁこれはいつものことなので、俺は一つ一つ処理していく。
マネージャーさんからの事務連絡に、他の箱のVtuberからのコラボ依頼。
そして一番盛り上がっていたのは、FIVE ELEMENTSのグループチャットだった。
「今度は何だぁ……?」
今回は盛り上がる理由が全く分からなかった俺は、若干の不安とともにチャットを確認する。
『じゃあ、やっぱり海よね!』
最新のチャットは、そんなカノンの一言だった。
「海……? なんだ?」
気になった俺は、チャットを遡る。
するとチャットでは、どうやらこの夏何かみんなでしようという話題で盛り上がっているようだった。
俺以外の四人は既に乗り気で、カラオケ、プール、花火、グランピング、そしてさっきの海と色々候補が挙げられている中で、最終的には一番夏らしい海に落ち着いたようだ。
この配信業、基本的に全て家で完結するし、ご飯だってウーバーすればいつでも好きなものが食べられる。
だから言ってしまえば、引きこもろうと思えばいくらでも引きこもれるのだ。
だからこそ、同じ境遇のみんなで外に出る予定を作ろうという考えは分かる。
それでも、俺達は一応男女混合のグループなのだ。
だからこそ、女性メンバーと一緒に海へ行くというのは……普通なのだろうか?
う-ん、分からない……。
普段の俺にとって、関わりのある相手なんて梨々花ぐらいしかない。
だから俺達ぐらいの年齢の男女が、一緒に海へ行くことが普通なのかどうか、俺にはその判断がつかなかった。
――でも、違うよな。普通かどうかじゃなくて、大事なのはみんなが一緒に行きたいかどうかだ。
そういう意味では、メンバーみんながこうして乗り気になっているのだ。
であれば、もうそれが答えだった。
だから俺も、そのチャットの輪へ加わる。
『お疲れ様。海行くの?』
すると、まるで待ってましたとばかりにみんなからのチャットが返ってくる。
『ええ、そうよ。アーサーも当然行けるわよね?』
『無理でも来てもらうけどね』
『わたしのエッチな水着で悩殺まったなし』
『来てくれないと、男は僕一人になっちゃうからね!』
カノン、アユム、ネクロ、そしてハヤトは、全員俺に来てほしそうにチャットを返してくれた。
そんなメンバーに思わず笑ってしまいつつも、俺はすぐに返信する。
『分かった。じゃあ、いつにしようか』
こうして俺は一つ、みんなのおかげでこの夏の予定が埋まっていくのであった。
◇
”どっちの歌姫でShow”
いきなりそんなことを言われても、みんな訳が分からないと思う。
でも安心して欲しい。俺にだってよく分からない。
”どっちの歌姫でShow”
それは、FIVE ELEMENTSのカノンと、DEVIL's LIPのツクシちゃんによる、初のグループを越えたコラボ配信のタイトルだった。
カノンと言えば、言わずもがなFIVE ELEMENTSで一番歌の上手い歌姫だ。
そしてツクシちゃんもまた、DEVIL's LIPで一番歌が上手いと話題になっている。
そんな、歌の上手い二人が選んだタイトルがこれなのだ。
こういう時、中の人の話をするのはどうかとも思うが、ツクシちゃんの中の人は歌手の月子なのだ。
つまり、現役のプロの歌手がVtuberになっているのだから、その歌唱力の高さは言うまでもなかった。
そしてそれは、我らがカノンだって同じ。
月子ほど有名ではないかもしれないが、今も不定期ながらライブハウスの現場で歌ったりしているのだ。
つまり両者ともに、正真正銘のプロの歌手。
Vtuberとしての知名度では、カノンのほうが上。
けれど、歌手としては月子は有名歌手のため、そういう意味ではお互いにイーブンな立ち位置なのかもしれない。
そして何より、そんな二人が”どっちの歌姫でShow”なんてふざけたタイトルで初コラボ配信をしようというのだから、そんなもの注目を集めないはずがなかった。
その証拠に、ネット上では既にどっちが上か論争まで繰り広げられていた。
俺からすれば全くもって不毛な言い争いなのだが、どちらのファンも自分の推しの方が上だとギスギスしてしまっていたのだ。
結果、そんな言い争いを見兼ねたカノンとツクシちゃん両者から、そんなファンはお呼びでないとバッサリお気持ち表明されたことにより、あっという間に鎮静化していた。
二人はあくまで、エンタメとしてやるだけなのだ。
だからみんなにも楽しんで欲しいという気持ちが、リスナーのみんなにも伝わったのだろう。
まぁそんなわけで、今日はこれから二人の――さらには、FIVE ELEMENTSとDEVIL's LIP、二つのグループを越えた初コラボが行われることとなった。
二人の歌姫による歌唱力バトルという、強烈なインパクトとともに――。
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