第92話 テスト勉強

 早いもので、気が付けば七月に突入していた。

 上がっていく気温に、ミンミンと鳴き続ける蝉の声。

 春は過ぎ去り、季節は夏に差し掛かろうとしていた。


 そんな、大学生になって初の七月。

 来週から始まる大学初めてのテストが終われば、そのあとは大学生活初の夏休みへと突入する。

 高校生の頃より長期に得られる夏休みに、何をするわけでもないがワクワクしている自分がいた。


 しかし、今はそんな夏休みより先に、目先のテストという壁と向き合わなければならない。

 別に勉強が苦手なわけではないが、やはりここで単位を落とすようなことになっては良くないという思いから、今日は全ての講義が終わってから大学の図書室に残り勉強することにした。


「う~ん、ここよく分からないんだよなぁ……」


 隣から、うーんと悩める声が聞こえてくる。

 同じ長机の席で隣り合いながら一緒に勉強しているのは、この大学生活で唯一の友達であり同業者でもある梨々花。

 今日は二人でテスト対策をしようということで、こうして一緒に図書室で勉強していくことにしたのだ。


 梨々花は手にしたペンをカチカチと鳴らしながら、集中して教科書と睨めっこしている。


 見た目はギャルの梨々花。

 そしてこの大学において、その存在感は大学で一番とも言えるだろう。

 そんな梨々花が、こうして珍しく図書室で勉強に集中している姿は、周囲からの注目を集めているのが分かった。


 隣を向けば、真剣な表情で教科書に目を落とす梨々花の横顔。

 今日も薄っすらとお化粧をしており、その顔立ちは浮世離れしているように美しい。


 長いまつ毛は、その元々大きな瞳を更に際立たせており、ぷっくりと潤いの帯びたその唇は、ピンクのリップによって鮮やかに艶やかに彩られている。


 まさしく、誰もが振り向いてしまうような存在――。

 今一緒にいるのは、そういう特別な存在なのだと分からされることは、別に今日始まった話ではない。

 こうして一緒に行動するようになって、もう暫く経つ俺と梨々花。

 けれど今でもふとしたタイミングで、こうして見惚れてしまったり、不釣り合いを感じてしまうことがあるのであった――。


「――ん? どうかした?」

「あ、ああ、いや、何でもないよ!」

「そう? なぁーんだ、てっきりわたしの横顔に、見惚れちゃってたのかなぁーって思ったんだけどなぁー」

「……うん、まぁ、そのとおりです」


 俺の視線に気付いた梨々花は、おどけながらもズバリ言い当ててくる。

 焦った俺は、上手く誤魔化すこともできず、素直にそのとおりだと告白するしかなかった。


「え? そ、そそ、そっかぁ……うへへ……」


 すると梨々花は、別に怒ったり引いたりするわけでもなく、代わりにどこか満足そうに変な笑みを浮かべていた。

 その想定外過ぎる反応に対して、ここで俺はどうするのが正解なのか分からない。

 だから今は、とりあえずこの場を誤魔化す意味でも、もう変なことは考えずに勉強に集中することにした。


「ねぇ彰、どうして見てたの?」


 しかし、梨々花は逃してはくれなかった。

 ご機嫌な様子で、理由を根掘り葉掘り聞こうとしてくるのであった。


「ねぇってば、どうして?」


 もの欲しそうに、まっずぐ俺のことを見つめながら言葉を引き出そうとする。


「ねぇってばー」

「……俺も分かんないよ。ただ、ふと隣を見たら、綺麗だなって思って……」


 ばつが悪くなった俺は、ここで変に嘘を付いても面倒になりそうな気がして、もうあるがまま正直に答えることにした。

 何でかなんて、俺にも分からない。

 ただ、本当に綺麗だと思って見惚れていただけなのだから――。


 そんな俺の答えに、さっきまで面白がっていた梨々花はその動きをピタリと止める。

 その変化に気付いた俺は、恐る恐る梨々花の表情を確認する――。


 するとそこには、驚いたようなぽかーんとした表情で、文字通り固まってしまっている梨々花の姿があった。


「……り、梨々花?」

「ふぇ? あ、あー、ごめん。そ、そっかぁー」


 俺の呼びかけで我に返った梨々花は、「うんうん、そういうこともあるよねー」と棒読みで呟きながら、また自分の勉強へと戻る。

 しかし、そんな反応をされて俺も気にならないわけもなく、それがどういう感情による反応なのか気になって仕方がなくなってしまう。


「だ、大丈夫……?」

「うん、平気平気ー」

「そ、そっか、ならいいけど……」

「うん、だから彰も勉強に集中しよ?」


 さきほどまでと打って変わり、勉強に集中するように言ってくる梨々花。


 しかし、俺は気付いてしまったのだ。

 その頬は真っ赤に染まり、再び教科書に落とす瞳が揺れてしまっていることに――。


 ――恥ずかしかった、ってことだよな?


 そう思うも、俺もどう言葉をかけていいのか分からず、それ以上は何も言わないでおいた。

 結局それからは、お互いちょっと気まずい空気を感じつつも、おかげでかえって勉強に集中することができたのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る