第三章

第88話 初配信

 DEVIL's LIPのデビューライブも無事に終わり、今日は月曜日。

 つまりは、お互いの素性を明かしてから、梨々花とは今日が初めて大学で会うこととなる。


 まぁ、とは言っても何が変わるわけでもないだろう。

 今日もいつもどおり目覚めた俺は、寝ぼけ眼で朝の支度を済ませると、重たい身体に喝を入れて大学へと向かう。


 もうすっかりこの都会の生活にも慣れてきた俺は、ほぼ満員状態の電車に揺られながらスマホをいじるぐらいの余裕は生まれていた。


 ”DEVIL's LIP配信開始”


 SNSのトレンドに表示されたそのワード。

 そう、デビューライブを無事に成功させた彼女達の、今度は初めての配信が始まろうとしているのだ。


 配信デビューは、一日置きに一人ずつ。

 内容としては、初めまして配信のあと、振り返り雑談と二回に分けて配信を行っていくらしい。

 そしてトップバッターを務めるのはは、DEVIL's LIPのセンターである愛野リリス。

 つまりは、いきなり梨々花の出番だ。


 昨晩公開されたその情報は、瞬く間にトレンドワード一位に上がり、今朝になってもその話題が落ち着くことはなかった。

 それほどまでに、世間からのDEVIL's LIPへの注目度は高まっているということだろう。


 今はまだ、みんなにとって彼女達はバーチャルアイドル。

 だからこそ、そんな彼女達の素性に対して、これほどまでに注目が集まっているのだ。


 悪魔でアイドル――。

 彼女達のそのキャッチコピーは、見事成功していると言えるだろう。


 デビューライブのアーカイブ動画は、既に五百万回再生を超えている。

 それほどまでに、彼女達がこの界隈へ与えた影響は既に大きいと言える。


『うぅ、胃が痛い……』


 そしてSNSのタイムラインに流れてきたのは、そんな一言。

 その呟き主は、今日デビュー配信を予定している愛野リリスだった。

 どうやら本人も、胃が痛くなるほど緊張してしまっているようだ。


 そして俺は、そのリリスの中の人とこれから大学で会うことになるわけだが、大丈夫かなと心配になりつつも、ちょっと会うのが楽しみなのであった。



 ◇



 いつもどおり端の席に座った俺は、パソコンで配信用のサムネイル画像を作成する。

 暫くやめていたこの作業も、もう梨々花には素性を明かしていることだし今日から再開させることにした。


 やっぱりこういう隙間時間こそ、作業が捗るなぁと一人満足していると、そんな俺の元へ駆け寄ってくる一人の人物——。



「彰ぁー!!」



 朝からこうして俺の名前を叫んでくるのなんて、この大学ではたった一人だけ。

 振り向くとそこには、最早言うまでもなく梨々花の姿があった。


 今日も朝から元気いっぱい……と思ったけれど、どうやらそういうわけではなさそうだ。

 困った表情を浮かべる梨々花は、すぐに俺の隣の席へと腰掛けると、今日も朝から整ったその顔をグイッと俺の顔に近付けてくる。


「ねぇ、どうしよう!?」


 そして梨々花は、そんな主語のない悩みを俺にぶつけてくるのであった。


「おはよう、どうしようって?」

「あっ! お、おはよー! どうって、そりゃもちろん、今日のデビュー配――」


 言いかけた言葉を、慌てて自分の口元を手で押さえながら飲み込む梨々花。


「……きょ、今日のデビュー配信が、不安でさ……朝から胃が痛いんだけど……」


 そして梨々花は、改めて俺にだけ聞こえる声でこっそりと理由を教えてくれた。。


 ――胃が痛いって、本当だったんだな。


 間違いなく、隣にいるのは愛野リリス本人だなと一人納得しながら、俺はそんな初めての後輩にアドバイスを送ることにした。


「大丈夫、そのままでいいよ」

「ちょっと、ちゃんと考えて言ってる?」

「もちろん」

「……じゃ、じゃあ、理由を教えてください」


 俺の言葉に、適当に答えているんじゃないかと訝しむ梨々花。

 だから俺は、そんな梨々花に笑って答える。


「梨々花もVtuberリスナーだったなら、分かると思うけど? 他のライバーのデビュー配信って、どうだった?」

「他のライバーの……まぁ、みんな最初は初々しかったよね」

「でしょ? デビュー配信なんて、みんなそんなもんさ。そしてそこからの変化を、みんな楽しんでいるんじゃない?」


 だから、最初から完璧である必要なんてないのだと、俺の言いたいことが伝わったのだろう。

 梨々花は納得するように頷いた。


「……でも、今回は一人だし……それが自分ってなると、やっぱり緊張しちゃうよ」

「まぁ、そりゃそうだろうね。だから頑張れ」

「もう、やっぱ結局適当なんじゃん!」

「そんなことないさ、俺もちゃんと配信見てるから」


 そう俺が答えると、梨々花は頬を赤らめる。


「絶対だからね?」

「うん、絶対だよ」

「……じゃあ、頑張ってみる」


 そして恥ずかしそうに、頑張ると口にする梨々花。

 まぁデビュー配信というのは、誰しもこうして緊張して当たり前なのだ。

 俺だってそうだったっていうか、なんならあの時はもっと酷かったぐらいだ。

 だからこればかりは、自分で乗り越えなければならない問題。


 ただ俺は、そんな梨々花の――愛野リリスのデビュー配信は、最初から最後までちゃんと見届けようと思っている。

 だって今日まで梨々花は、本当に頑張ってきたことを俺は知っているから。


「あ、ねぇそれサムネイル?」


 すると梨々花は、俺のパソコンの画面を覗き込んできたかと思うと、興味津々な様子で聞いてくる。


「ああ、うん。もう梨々花にはバラしてるし、またこういう空いた時間に作業しようかなって思って」

「へぇー、すごいねぇ。つまりアーサー様は、いつもこの教室で作業してたのか……そう思うと、なんか凄いなぁ……」


 頬を赤らめながら、横目でこちらをじっと見つめてくる梨々花。


「あはは、まぁそうなるね」

「ちょっと、未だに実感湧かないかも……。ってか、そっかぁー。わたしもそういうスキルも覚えないとなんだよね」


 やるべきことは沢山あるなと、頭を抱えだす梨々花。


「これぐらいなら、いつでも教えるよ」

「ほ、本当?」

「もちろん」

「やったぁー!!」


 俺の言葉に、両手を挙げて喜ぶ梨々花。

 そのオーバーリアクションは、今日も今日とて教室内の注目を集めていた。

 けれど梨々花は、そんな周囲の視線なんて気にする素振りも見せず、俺にだけ満面の笑みを向けてくるのであった。


 まぁそんなわけで、今日の夜。

 ついに梨々花の初配信が控えているのであった。



 ----------------------

 <あとがき>

 ということで、三章スタートです!

 そしていきなり、梨々花の初配信キター!!


 どうなるか、お楽しみに!!


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 三章も頑張れと思っていただけましたら、良ければよろしくお願いしますっ!!!!




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