第80話 自己紹介

 ~梨々花視点~


 運命の日の朝がやってきた――。

 今日はわたし達、DEVIL's LIPのデビューライブ当日。


 昨晩帰宅したわたしは、緊張で眠れないのではないだろうかと心配していたものの、自分で思っていた以上にレッスンで疲れていたようでぐっすり眠ることができたのはよかった。


「……いよいよ、なんだよね」


 ついにやってきた、本番当日。

 でも大丈夫、思ったよりは緊張はしていない。

 というより、当日になってもまだ実感があまり湧いてきていないと言った方が正しいだろう――。


 今日は昼過ぎに集まって機材等の最終確認とミーティング、それからFIVE ELEMENTSのみんなと初顔合わせをしたのち、デビューライブのリハーサルの予定となっている。


 そしてそれらが全て済んだあと、いよいよライブ本番を迎えることとなる。


 ――今日、分かるんだよね……。


 ライブ本番への不安はもちろんある。

 でもわたしにとって、問題はそれだけではなかった。


 今日、初対面となるFIVE ELEMENTSのみんな。

 つまり、もしわたしの予想が当たっていれば、その中に彰がいるかもしれない――。


 ライブに対しては、まだ実感の湧いてこないわたし。

 それでも、このあと彰に会うかもしれないと思うだけで、胸がドキドキと張り裂けそうになってきてしまうのであった。


 いつも大学で顔を合わせているというのに、不思議なものだ。

 同級生ではなく、FIVE ELEMENTSとDEVIL's LIPという立場が異なるだけで、こんなにも違うものだとは自分でも思わなかった。


 でもそれも、まだ未確定の話。

 もしかしたら、全く違う人なのかもしれない。

 だからわたしは、もう考えて答えが出る問題でもないと思い、とりあえず今日の支度を始めるのであった。



 ◇



 事務所へ着いたわたしは、それからメンバーとともに今日の説明やステージの説明などを受けた。

 普通のステージと違い、Vtuberとしてのライブには機材等色々と必要であり、細かい注意事項などをスタッフさんと再確認した。


 それから、今日のタイムスケジュールの確認など打ち合わせを終えると、時間はあっという間に午後の四時に迫っていた。


「それじゃ、みんなはここで待っていて頂戴ね。呼んでくるから」


 そして話もひと段落したところで、そう言ってマネージャーの早瀬さんが部屋から出て行った。

 呼んでくるからという言葉に、わたし達はこれから何が行われるのか察しがついてしまう。


「い、いよいよ来るってことだよ、な?」

「……そうでしょうね」


 朱美の言葉に、緊張した面持ちで頷く円。


「ま、まぁ? 別にどうってことな、ないわよ!」

「声震えてるってば」


 そして強がるレイアに、わたしは横からツッコミを入れる。

 明日香も胸元を抑えながら下を向いており、いよいよ対面するFIVE ELEMENTSにみんな緊張しているのが分かった。


 そんな他の四人とは違う理由で、わたしもドキドキと胸の鼓動が早まっていくのを感じる。


 ずっとファンだった、FIVE ELEMENTSに会える喜びと緊張。

 それは今もゼロではない。ドキドキしている。


 でもわたしにとって、これからここへやってくる人達の中に、自分のよく知る存在がいるかもしれないことの方が緊張した。

 もうどんな顔をして、ここに居ればいいのかすら分からなくなってきてしまう――。


 ガチャッ――。


 静まり返る部屋の中に、扉の空けられる音だけが響き渡る――。



「失礼しまーす。あ、いたいた」



 その声とともに、部屋へと入って来たのは四人。


 ――ああ、やっぱりそっか……。


 その姿を一目見て、わたしは納得する。

 自分の予想は、やっぱり当たっていたのだと――。


 男性一人に、女性が三人。

 女性三人の姿は、間違いなく彰と一緒にいた三人であった――。


「藍沢さんもいるわね。この間はどうも」

「え? なんで紅羽が知ってるのよ?」

「あー、良く見たらこの間のメイド喫茶の子だぁー」

「おや? 三人は知り合いかい?」


 四人の注目が、一斉にわたしへと集まる。

 その状況に、他のメンバー四人は驚いた様子でこちらを見ていた。


「おっと、先にわたし達から自己紹介しないとだよね。――ちょっと一人遅れてるんだけど、一応わたし達がFIVE ELEMENTSをやらせてもらっています。わたしは、紅カノンをしている道明寺紅羽です」

「あー、こういう自己紹介ってちょっと恥ずかしいね……。えっと、煌木アユムをしてる山岸穂香です」

「――恐山ネクロ。名前は、松山クリスティーナ」

「最後は僕だね。鬼龍院ハヤトをしている、上条武です」


 わたし達に向かって、一人ずつ自己紹介してくれるFIVE ELEMENTSの四人。

 どうやら残りの一人、アーサー様だけは遅れているようだ。


 わたしにとって、一番気になる存在でもあるアーサー様。

 でもそれはもう、対面しなくてもほぼほぼ確定的なのであった。


「……あー、えっと、先日はバイト先にきて頂いてありがとうございました。……わたしのことは、もう聞いているみたいですね」

「ええ、ごめんなさい。あの日街で偶然あった時、全部聞いたわ」

「わたしはさ、一緒にゲームだってしたんだよ?」


 わたしの返事に、謝るカノンちゃんと、まさかの告白をするアユムちゃん。


「一緒にゲーム……も、もしかしてポッキーさん!?」

「あったりー! あれ、わたしのサブ垢ねー」


 ドッキリ大成功というように、ピースするアユムちゃん。


 驚いた……。

 まさか、あの日一緒にゲームをしたポッキーさんが、アユムちゃんだったなんて……。

 思えば、テンションこそ配信とは違ったけれど、声はたしかにアユムちゃんだった……。


「ね、ねぇ梨々花ちゃん……? ど、どういうこと?」


 そこへ、恐る恐る声をかけてくる明日香。

 明日香だけでなく、他のメンバーも困惑した様子でこちらを見ていた。

 しかし、わたしとしても色々ありすぎた今、何から答えればいいのか分からず言葉に詰まってしまう――。



 しかし、その時だった――。


 ガチャッ――。


 またしても、部屋の扉が開けられる。


「ここよ」

「は、はい……」


 扉を開ける早瀬さんに促され、一人の人物が遅れて部屋へと入ってくる――。


「あ、アーサーきた」

「遅いわよ」

「寝坊」

「はっはっは! 遅いじゃないか!」


 その遅れてやってきた人物に対し、FIVE ELEMENTSのみんなが嬉しそうに声をかける。

 そのメンバーの言葉と、何よりその人物の姿に、わたしの中の予想が確信へと変わる――。


 遅れてやってきたのは、わたしの予想どおり彰だった。

 大学の同級生ではなく、FIVE ELEMENTSの一人として現れた彰——。

 その姿にわたしは、嬉しいような驚いたような、とにかく色んな感情が溢れ出しそうになってしまう――。



「……よ、よっす」



 そして彰は、どこかぎこちない様子で、わたしに向かってそう声をかけてくれた。

 その仕草と言葉は、やっぱりわたしの良く知る彰で間違いないのであった――。


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