第79話 初対面
~彰視点~
「やっべ、やらかした……」
時計を見ると、既に昼の三時半過ぎ。
しかし今日は、四時には事務所へ来るように言われているのである。
平たく言えば、まさかの二度寝をしてしまったのである。
今日は早起きして準備をしておいたというのに、ちょっとぐらい大丈夫だろうの判断が完全に失敗だった――。
飛び起きた俺は、すぐに支度を済ませて家を飛び出す。
そして移動しながら、マネージャーの早瀬さんに少し遅れそうな旨連絡を入れる。
――くっそぉ、大事な日だってのにやっちまったなぁ……。
電車に揺られながら、どうして二度寝してしまったのかと悔やまれる。
昨日の夜、俺はいよいよDEVIL's LIPのデビューライブだと思うと中々寝付けなくなってしまったのだ。
そのくせ、余裕をもって準備しようと早起きしてしまったのが完全に裏目に出てしまった。
まぁでも、ライブ自体の時間には確実に間に合うため、厳密に言えば遅刻ではないのがせめてもの救いだった。
ただ、何かは聞かされていないのだが、マネージャーの早瀬さんから今日は四時に来るように言われていたから、こうしてちょっと早めに集合しなければならなかったのだ。
『分かったわ。急いで何かあっても困るから、ゆっくりいらっしゃい』
早瀬さんからすぐにメッセージが返ってくる。
どうやら、俺がいるのは必須というわけでもなさそうで、大ごとにはなっていないことにほっと胸を撫で下ろす。
少し安心した俺の意識は、今日のDEVIL's LIPのデビューライブの方へ向く。
初めての妹分Vtuberグループのデビュー日。
すでにSNSではずっとトレンド入りしており、彼女達に対する期待値は凄いことになっている。
そして俺にとっては、もう一つ重要なことでもある。
DEVIL's LIPのデビュー、それはつまり、梨々花のデビュー日でもあるということだ。
――事務所にいけば、いるってことだよな……。
そう――、恐らく俺は、これから桐生彰としてではなく、飛竜アーサーとして初めて梨々花と会うことになる――。
それも、俺が昨晩寝付けなかった理由の一つ……いいや、もうそれが寝付けなかった理由と言えるだろう。
――どんな顔をして、会えばいいんだろうな……。
何度もイメージしてみたものの、結局答えなんて出なかった。
いつも大学では会っているというのに、FIVE ELEMENTSとDEVIL's LIPとして会うというだけで、こんなにも変わってしまうものだろうか……。
そんなことを考えながら電車に揺られていると、あっという間に事務所の最寄り駅へと到着してしまった。
腕時計を見ると、時間は四時を少し過ぎた頃。
遅刻してしまったものの、それほど遅れてはいなかった。
俺は事務所の前で、一度立ち止まり深呼吸する。
いつも来慣れているはずの事務所が、今日は緊張で胸がドキドキとしてくる――。
――よし、いくか。
そして俺は覚悟を決めると、事務所の入り口の扉を開けるのであった。
◇
「あら、結構早かったじゃない」
マネージャーさんのいるオフィスフロアの扉を開けると、そこでは早瀬さんが自席に座り、俺が来るのを待ってくれていた。
俺が来たことに気が付くと、早瀬さんは少しほっとするように微笑みながら書類を手にして立ち上がる。
「すいません、遅刻しちゃって……」
「大丈夫よ。――それじゃ、行きましょうか。もうみんな行っているわ」
「え? 行っているって、どこに?」
「どこって、そりゃDEVIL's LIPのところよ」
「マ、マジすか……」
「マジよ、行くわよ」
そんな簡単な説明だけで、廊下を歩き出す早瀬さん。
覚悟は決めてきたものの、まさかのさっそくのご対面――。
さすがにいきなり過ぎる気がするのだが、どのみち時間を空けても同じだろうと俺は腹を括る。
「ここよ」
そして早瀬さんは、一番広い会議室の扉を開ける。
中からは、複数人の話し声が聞こえてくるのだが、その中にはカノンやハヤトの声も混ざっていた。
つまり、この中に――。
「は、はい……」
恐る恐る俺は、その部屋の中へと足を踏み入れる――。
「あ、アーサーきた」
「遅いわよ」
「寝坊」
「はっはっは! 遅いじゃないか!」
先にいたアユム、カノン、ネクロ、そしてハヤトの四人が声をかけてくる。
そしてその奥には、この事務所では見たことのない五人の女の子の姿――。
――本当に、いた。
恐らくその五人が、今日これからデビューを果たすDEVIL's LIPのメンバーなのだろう。
そしてその中には、本当に梨々花の姿があった。
こうして気付いてしまったが最後、完全に目と目が合ってしまう俺と梨々花——。
とても驚いた表情を浮かべている梨々花のその視線に、俺は気まずさが爆発してしまい、背中から変な汗が流れ落ちるのを感じる――。
そして頭が真っ白になった俺は、とりあえず黙って立っているわけにもいくまいと思い、右手を小さく挙げながら恐る恐る口を開く――。
「……よ、よっす」
同じ大学へ通う桐生彰としてではなく、FIVE ELEMENTSの飛竜アーサーとしての第一声――。
それは、昨晩からイメージし続けてきたどれとも違い、そしてどれよりも最悪な、あまりにも情けない一言で終わってしまったのであった――。
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<あとがき>
ついに、ご対面!!
そしてアーサー大失敗!?
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