第78話 レッスン

「ワン、ツー! ワン、ツー!」


 ダンスの先生のリズムに合わせて、もう何度目かの振り付け確認を行う。

 このパフォーマンスが、今後のDEVIL's LIPの運命を決めるといっても過言ではないため、わたし達は決して気を緩めることなくレッスンに取り組む。


「はいストーップ! うん、みんなかなり上達したね! 良い感じよ! それじゃちょっとだけ休憩しよっか!」


 そして曲の終了とともに、トレーナーの合図で休憩に入る。


「ハァ! つかれたぁー!」

「はい、梨々花ちゃん!」


 集中が途切れた途端、ヘトヘトになって座り込むわたしに、明日香が水を差し出してくれる。


「ありがとっ! 助かるぅー!」

「どういたしましてっ」


 体力のある方ではない明日香は、そのままわたしの隣に座って一緒に休憩する。

 しかし、残りの三人は休憩時間になっても、細かい振り付けの確認を続けていた。

 レイアや円はもちろん、普段はお調子者である朱美も集中モードに入っており、三人はそれぞれ鏡越しの自分と向き合っていた。


「……みんな凄いね。わたしも体力つけないと」

「そうだね……」


 明日香の言葉に、わたしは頷く。

 こうして体力がもたない自分と、尚も練習を続ける三人。

 そんな明確な差に、わたしはまだまだ自分の不甲斐なさを感じてしまう。


「いいのよ、休む時はしっかり休むのも大切なことよ」


 すると、そんなわたし達の元へやってきた先生が声をかけてくれる。


「でも、みんな凄いじゃないですか……」

「そうね、頑張っているわ。――でもね、それはそれ、これはこれよ? 上には上がいるのだから、上を見すぎてもキリがないわ。大事なのはね、自分をちゃんと理解し、そのうえで自分にできる最大限のパフォーマンスを発揮することよ」

「自分を、理解する……」

「そう、要するにメリハリが大事ってこと! それに二人だって、かなり上達しているわ。だから自信持ちなさい!」


 そう言って、わたし達にウインクをしてくれる先生。

 それが、わたし達を安心させるための慰めなことは分かっている。

 それでも、ダンスのプロである先生からそう言って貰えたことに、気持ちがどんどん楽になっていく。


 ――でも、三人に追いつけるように頑張らないとだよね。


 軽くなった気持ちは、やる気へと変わっていく。


「ありがとうございますっ! でも、もう休憩できたので再開しますっ!」

「わ、わたしもっ!」


 立ち上がったわたし達も、他の三人のもとへと駆け寄る。

 そして五人で並んで、再びレッスンを再開するのであった。



 ◇



 最後のレッスンが終わった。

 流石に明日香以外の三人も疲れた様子で、座り込んで汗を拭っている。


「いよいよ、明日なのね――」

「そうだな」


 円の言葉に、朱美が頷きながら返事をする。


「明日は頑張りましょう」

「そ、そうね」


 そして明日香とレイアも、やる気を漲らせていた。


 一人では、きっと無理だっただろう。

 こうして頑張れているのは、仲間の四人がいてくれるから――。


「明日は、絶対に楽しもうねっ!」


 だからわたしは、みんなにそう言葉をかける。

 仮に明日、この中の誰かが失敗してしまったとしても、今日までやれる限り準備をしてきたのだ。

 だから、いつかそれも笑い話にできるように、この五人でDEVIL's LIPとして大きく成長したい。


「楽しもう――ね」

「――うん、そうだな」

「ええ、楽しみましょう」

「ま、まぁ、そうね」


 わたしの言葉に、四人はそれぞれ違った反応を見せる。

 でも四人とも、わたしの言葉を否定するのではなく、笑って受け入れてくれていた。


 自分達が楽しまなければ、見てくれている人を楽しませることなんて出来るはずもない。

 そのことはきっと、わたしよりも活動歴の長いみんなの方がよく知っていること。


 だから、この五人なら大丈夫。

 明日は絶対に素敵なステージになると、わたしは胸を張って確信しているのであった。


「ああ、良かった。みんな揃っているわね」


 するとそこへ、マネージャーの早瀬さんがやってきた。

 このメンバーの中だと、早瀬さんはわたしの担当をしてくれているマネージャーさん。

 わたしの他には、FIVE ELEMENTSのアーサー様とハヤトくんも担当しているらしい――。


 そんな早瀬さんは、どうやらマネージャーの中でも偉い人らしく、このDEVIL's LIPの統括もしてくれているのであった。


「みんなに、伝えないといけないことがあるの」


 急に告げられたその早瀬さんの言葉に、全員の注目が集まる。

 デビューライブ前日にして、わたし達に伝えないといけないこととは――?


 その話しの切り出し方に、嫌な予感を感じたのはわたしだけではないのだろう。

 他の四人も、神妙な面持ちで早瀬さんの言葉を待っていた――。


「明日のライブなんだけどね。――あなた達の応援のため、FIVE ELEMENTSのみんなも一曲だけ同じステージに立ってくれることになったわ」


 そして語られた早瀬さんの言葉に、わたしだけでなく他の四人も目が点になってしまう。


 わたし達と同じステージに、FIVE ELEMENTSのみんなが立つ――?



「「ええー!?」」



 少しの間を空けて、ようやくその言葉の意味を理解したわたし達は、全員同時に驚きの声をあげる。


 同じ事務所の大先輩である、FIVE ELEMENTS。

 いつかは顔を合わせる機会もやってくるだろうとは思っていたが、まさかデビュー日に同じステージに立つことになるなんて、全員予想だにしていなかった。


「マ、マジかよ……!?」


 驚きを隠せない様子の、有名配信者の朱美。


「ど、どうしましょう……えぇ、うそ……」


 ずっと憧れだった人達と急に会えることになって、訳が分からなくなる元有名Vtuberの明日香。


「そ、そそそ、それはビックリね」


 普段のクールな装いもどこかへ消え去り、明らかに困惑している様子の有名子役のレイア。


「――そ、そうですか」


 そして、顔にはあまり出さないものの、内心では驚いているのがこれまでの付き合いで伝わってくる、有名歌手の円。


 それぞれが有名人である彼女達ですらも、こんな反応になってしまうほどの雲の上の存在――。

 それこそが、このVtuber業界の頂点に君臨するFIVE ELEMENTSなのだ――。


 そんな四人と同じく、わたしも驚きすぎて訳が分からなくなってしまう。


 こうしてわたしが、Vtuberになるキッカケを与えてくれたのは他でもないFIVE ELEMENTS。

 ずっと追い続け、そして憧れ続けていた存在にいよいよ会えるのだということに、理解が全く追い付かなかった――。


「ということで、これはライブへ来てくれる人達はもちろん、これまで頑張って準備してきたあなた達へのサプライズよ。明日はステージ前にメンバーを連れてくるから、顔合わせよろしくね」

「え? わたし達の方から――」

「いいの。明日の主役は彼らではなく、あなた達よ。今日は疲れたでしょうから、帰ってしっかり休養を取りなさいね」


 それだけ伝えると、早瀬さんはまだ仕事があるようで部屋から出て行ってしまった――。


「大変なことに、なったな……」

「ええ……そうですね……」

「FIVE ELEMENTSと、同じステージ……」

「……」


 わたしも含め、全員まだ驚きを隠せなかった。

 同じステージに立つなんて、恐れ多いというか何というか……。


 でも明日、ついにFIVE ELEMENTSに会える――。

 それはつまり、みんなの――そしてアーサー様の、正体も知れるということ――。


 そんな、みんなとは違う緊張を抱くわたしは、明日を迎える覚悟を決めるしかないのであった――。



 -------------------

 <あとがき>

 梨々花はもちろん、有名人である他の四人にとっても憧れの存在。

 それが、FIVE ELEMENTSなのである――。


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