第60話 レッスンとランチ
「はぁ、はぁ……うん、かなり良い感じだし、今日のところはこんなもんじゃないかしら」
肩で息を切らしながら、メンバー全員にそう告げるカノン。
レッスンを開始した俺達は、みっちり一時間以上ほぼぶっ続けで、曲に合わせて通しで振り付けを確認した。
最初こそ少しぎこちなかったものの、これまでも何度もレッスンを積んできている俺達は、すぐに息が合い問題はないレベルまで取り戻すと、あとは細かいところの修正などに時間を割いた。
「僕もそう思うよ」
「うん、さすがにちょっと疲れたかも」
「疲れた、もう十分……」
「そうだね、かなり手応えはあるよ」
カノンの言葉に、俺達も頷く。
こうして手応えが得られたところで、そろそろスタジオレンタルの時間も僅かのため、今回はこれにてお終いにすることとなった。
時計を見ると、時間はまだ昼の十二時を少し回った頃。
ちょうどお昼時ということもあるため、俺達はそのまま一緒にランチをしにいくことにした。
◇
俺と武の男性二人、そして紅羽と穂香とクリスという女性三人。
そんな、見た目も年齢も少しばらけた、Vtuberという繋がりがなければ一見関係性の分からないような俺達。
オマケに全員、それぞれが個性豊かな面々。
そうなると当然、すれ違う人達の視線がこちらへ集まってきているのが分かった。
特に女性陣三人が揃っていると、物凄く目立つというか何というか、彼女達は別にVtuberでなくてもタレントで十分通用しそうな見た目をしているのである。
そのせいもあって、周囲から男達の驚きの視線がこちらへ向けられているのが分かった。
「わたし、パスタがいいー!」
「あら、いいわね。あとは中華とか?」
「わたしはおでんー」
「ランチにおでん……それは、どうなのかしらね……」
しかし女性陣三人は、周囲のことなど全く気にする素振りも見せず、これから何を食べたいかそれぞれ言い合いながら楽しそうに前を歩いていた。
そんな光景を、俺と武の二人は後ろから見守りながら歩く。
「今日も女性陣は元気だね。それで、彰は何か食べたいものとかある?」
「んー、そうだなぁ。動いたあとだし焼肉とか? 武は?」
「あーたしかに、焼肉もいいねぇ。僕はそうだなぁ、お魚とか食べたい気分かも」
そしてこっちはこっちで、このマイペースっぷりである。
そんな武は武で、周囲の女性達からの視線を集めているのが分かった。
中身を知らなければ、武も十分イケメンの部類なのだ。
なんならピアニストとしての顔の方では、雑誌に特集されていることもあるとか何とか……。
「あっ! ねぇみんな、あそこはどうかな?」
すると紅羽が、そう言って一軒のお店を指差す。
そこはどうやら、バイキング形式のランチをやっているお店のようだ。
たしかにここならば、今あがった食べたいものも一通り揃うことだろう。
……まぁ、さすがにおでんはなさそうだけど。
というわけで、クリスにはちょっと我慢してもらい、今日はそこのバイキングでランチを済ませることとなった。
◇
店内へ入ると、俺達は六人掛けのテーブル席へと案内される。
しかしこういう時、必ず生じることがある。
それは、誰がどこに座るのかの空気読みだ。
手前と奥に三席ずつ。さぁ、どうしたものか――。
「じゃあ、僕はここで」
すると武は、そう言って迷わず手前の右側の席に腰掛ける。
思えばそこは所謂、このテーブル席における下座席。
そういう席を真っ先に選んで座る武は、こんなところでもさすがの男子力だった――。
そしてそうなると、自然と席の割り振りが見えてくる。
武がそこに座るのならば、同じ男の俺がその隣に座り、あとは向かいの三席を女性陣が座るのが丸いだろう。
そう思った俺は、迷わず武の隣の席へ腰掛けた。
「じゃあ、わたしはこっち」
「うん、じゃあわたしはここで」
紅羽と穂香も、俺に続いて奥の席へと着席する。
そして最後に残ったクリスだが――。
「じゃあ、わたしはここ」
そう言って、何故か奥側の席ではなく、手前側の俺の隣の席へと腰掛けるのであった。
「ちょっとクリス?」
「クリスはこっちでしょ?」
「そんな話、誰もしていない」
文句を言う紅羽と穂香に対し、素知らぬ顔をするクリス。
「いや、空気読みなさいよ!」
「そうよ!」
「いやーん、二人ともこわーい」
二人の言葉に、クリスはわざとらしく俺の腕に抱き付いて甘えてくる。
こうしてドヤ顔を浮かべるクリスと、何故か悔しそうな表情を浮かべる紅羽と穂香。
そしてそんな女性陣やり取りを、ちょっと面白そうに見守る武という、バイキングがスタートする前から若干のカオス状態となってしまっているのであった――。
「はぁ……もういいから、とりあえず店員さんに注文するよ」
仕方なくこの場は俺が取り仕切り、全員分のメニューを注文した。
というわけで、何はともあれスタートしたバイキング。
お腹の空いた俺は、さっそく好きなものを取ってくることにした。
沢山並べられた、料理の数々——。
和洋中様々な料理が並び、どれも普通に美味しそうだ。
「ね、彰はどれにするの?」
すると、声をかけてきたのは穂香。
俺の隣に並び、同じくワクワクした様子で料理を眺めている。
「そうだなぁ……お? この海老美味しそうだな」
「あっ! うんうん! たしかに美味しそう! じゃあわたしもそれ食べたいから、一緒に取って?」
「ん? ああ、いいぞ。ほら」
俺は自分のお皿と合わせて、穂香のお皿にも同じ海老を取ってあげる。
すると穂香は、これでもかってぐらい嬉しそうに微笑んでくれた。
「ね、ねぇ、彰。――わたしもそれ、食べたいんだけど?」
すると今度は、いつの間にか逆サイドに立っていた紅羽が、少し恥ずかしそうに同じ海老を食べたいと申し出てくる。
だから俺は、そんな紅羽のお皿にも海老をとって置いてあげる。
「あ、ありがとう——」
「いや、全然このぐらい」
頬を赤らめながら、もじもじと感謝を口にする紅羽。
そんなに恥ずかしがることか? と思いつつ、その反応はちょっと可愛くて、俺も少しやりづらさを感じてしまう。
だが、それだけなら良かった――。
結局このあとも二人は、俺を挟むようにして一緒に付いてきたのである。
その結果、二人はほぼほぼ俺と同じメニューがお皿に盛り付けられているのであった――。
――よく分からないけど、まぁいいか。
少し呆れながら席へと戻ると、いつもは何事にも時間のかかるクリスが先に席へと戻ってきていた。
珍しく早いなと思いながら、クリスのお皿に目を向ける。
するとそこには、何故かお皿いっぱいに置かれたゆでタマゴ……。
「おでんはなかった。でも、タマゴはあった」
クリスは俺が帰ってきたことに気が付くと、嬉しそうにドヤ顔を浮かべながらそう報告してくる。
まぁ、本人が食べたいのなら別に好きなものを食べればいいと思うのだが、コスパ的には最悪すぎるそのチョイスに、俺は思わず笑ってしまうのであった。
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