第61話 寄り道
「気持ち悪い……」
バイキングのお店を出た俺達は、帰宅するため最寄り駅へと向かって歩く。
しかし、ついバイキングだと元を取ろうという意識が働いて食べ過ぎてしまうため、全員動いたあとということもあって普段以上に食べ過ぎてしまったのであった。
中でも、ゆでタマゴしか食べていないクリスは気持ち悪そうに青ざめていた。
「だから言ったろ、食べ過ぎだって……」
「……タマゴが悪い。あれは完成され過ぎた、人を惑わす悪魔の食べ物……うっ……」
駄目だこの子、早く何とかしないと……。
タマゴが美味しいのは認めるが、クリスのそれはただの食べ過ぎなだけである。
何より、バイキングへ行って本当にゆでタマゴしか食べないというコスパ的にも最悪で、とにかく残念なクリスだった……。
そんなわけで、絶賛グロッキーなクリスのことは、家が割と近くだという穂香が近くまで送って行くこととなった。
「それじゃお先に! 本番頑張ろうね!」
「バイバイ……うっ……」
こうして二人を見送ると、今度は武が駅の改札とは違う方向へ歩き出す。
「それじゃ僕も、ちょっと音楽関係の方で寄って行くところがあるから、この辺で」
「ん? そうか、またな」
「またね」
「ああ、当日は頑張ろう」
ニコリと爽やかに微笑みながら、武も去って行った。
その結果、気が付けば俺と紅羽の二人だけが取り残される形となる。
「じゃ、じゃあ俺達も帰ろうか……」
「そ、そうね……」
この駅からだと俺達は途中まで一緒のため、一緒に駅の構内を歩く。
これまではずっと俺に対して当たりの強かった紅羽。
しかし、それも解消したかと思えば、どこかギクシャクしているというか、今もどこか恥ずかしがっているような、よく分からない反応を見せているのであった。
「ね、ねぇ彰」
「ん? どうした?」
そんな紅羽が、歩きながら声をかけてくる。
その問いかけもどこかぎこちなく、何事だと思いながら俺は返事をする。
「あー、その……ちょっと寄り道していかない?」
「寄り道?」
「む、無理なら別にいいんだけど……」
気まずそうに、俺に断る隙を与えてくる。
しかし、俺は別に構わないのだが、どちらかというと紅羽の方が無理そうに見えるのだが……。
まぁでも、今日はレッスンがあるから元々予定は空けていたことだし、俺は大丈夫だよと答える。
「ほ、本当!?」
「あ、ああ」
「じゃあ、わたし行きたいお店があるのよ!」
俺がOKすると、途端に表情をパァっと明るくさせ、一気に元気になる紅羽。
どうやら行きたいお店があるらしく、その様子から恐らく一人では行きづらかったのだろう。
まぁそれであれば、同じFIVE ELEMENTSの仲間の
それぐらい付き合ってやろうと、俺は紅羽と一緒にそのお店へと向かうことにしたのであった。
◇
連れられてきたのは、渋谷だった。
駅を降りると、相変わらずの物凄い人だかり。
「少しだけ歩くけど、いい?」
「あ、ああ、それにしても相変わらず凄い人だな……」
「駅周辺だけよ。さ、行きましょ!」
そう言って紅羽は、慣れた様子で歩き出すから、俺もはぐれない様について行く。
そして暫く歩くと、紅羽の言うとおりたしかに人の数は減ってきた。
それでも、普通なら誰も歩いていないような裏路地にもお店が並び、道行く人もいるのだからやっぱり都会ってすごい――。
「ついた、ここよ」
そう言って足を止める紅羽。
見れば、一見するとそこがカフェだとは分からないような外装をした場所だった。
「……へぇ、よく知ってたな」
「友達にオススメされたんだ、行こ!」
なるほど、友達か……。
紅羽のようなタイプには、きっと俺とは接点のないような友達が沢山いるんだろうな……。
――まぁそれを言うなら、俺にも最近は藍沢さんがいるんだけど。
そう思うと、結構紅羽と藍沢さんって似ているところがあったり?
なんてことを考えつつ、俺も紅羽に続いてそのお店へと入る。
雑居ビルの二階にひっそりとある、隠れ家的なカフェ。
内装はニューヨークスタイルで、木製のテーブルに様々な色のレザーソファー。
壁はレンガ調で、誰がどう見ても圧倒的なお洒落な空間だった――。
そして俺達は、店員さんに案内された二人用のテーブル席へ対面する形で座る。
「うん、思ったとおり良い感じね」
「そ、そうだな」
俺的には、お洒落過ぎて若干の居心地の悪さを感じるのだが、こういう空間にもそろそろ慣れて行かないと駄目なのだろう。
そう思い直した俺は、せっかく来たのだから満喫していくことに頭をシフトさせる。
……とは言っても、俺も紅羽もさっきバイキングでたらふく食べてきたばかり。
よって、ここは大人しくドリンクだけ注文することにした。
ちなみに注文したのは、俺も紅羽もブラックコーヒー。
食後には、たとえ飲み物であっても糖分は一切必要なかった──。
「ごめんね、付き合って貰っちゃって」
「いや、俺こそありがとう。こんなお店、一人じゃ絶対に辿り着かないだろうから」
「それはそうでしょうね」
俺の言葉に、おかしそうに笑う紅羽。
そんな紅羽の今日の服装は、運動しやすいように上下スウェット姿。
それでも、やっぱりこのお店の雰囲気にマッチしているというか、本当に芸能人も顔負けのルックスをしているのであった。
――本当に、こんな女性と一緒に行動するなんて、普通じゃありえないことだよな。
別に、人を見た目で判断するつもりはない。
それでも今、これまで出会ってきた異性の中でも、指折りの存在と言える相手とこうして一緒にいることが、ふと信じられなくなる自分がいるのである。
前を向けば、嬉しそうに微笑む紅羽の姿。
そんな紅羽の姿に、俺はなんとなく気になったことを一つ聞いてみることにした。
それは、これまでメンバーには一切触れてこなかった話題──。
「なぁ紅羽」
「なに?」
「メンバーにこういうことを聞くのもあれなんだけどさ……やっぱり紅羽って、その……彼氏とかと、こういうお店に来るのか?」
そんな俺の質問に、紅羽はあからさまに驚いた表情を浮かべる。
手にしたコーヒーのマグカップが、ガタガタと震えてしまうほどに──。
「い、いきなり何よ!?」
「ああ、わ、悪い。ちょっと気になっただけだ」
まさか、こんなにも驚くと思ってなかった俺は、慌てて平謝りする。
俺はただ、やっぱり紅羽みたいな慣れた女の子なら、こういうところに彼氏と来るのが当たり前なのかなとちょっとだけ気になっただけなのだ。
俺ももう大学生だし、世のイケてる男達がどう振る舞っているのか、少しは知っておきたいと思ったから……。
「……ないわよ」
「え?」
「いないわよ、彼氏なんてっ!」
顔を真っ赤に赤らめながら、彼氏なんていないと言う紅羽。
「そ、そういう彰はどうなのよ!?」
「お、俺!? い、いるわけないだろ!」
そして紅羽は、逆に俺にどうなのかと聞いてくる。
しかし残念ながら、俺はこれまで所謂年齢イコールな人生を送ってきたのだ。
相手なんているわけがない。
「そ、そっか――ふーん」
すると紅羽は、俺の返事に対しててっきり馬鹿にしてくるだろうと思ったが、そうはならなかった。
代わりに紅羽は、自分から聞いておいて、俺の返事を適当に流すだけだった。
しかし、よく見るとその表情は、どこか満足そうにも見えるのであった――。
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