第29話 才能

 藍沢さんの推しが、俺——。


 急に告げられたその言葉に、俺はただ困惑になる……。

 これまでずっと、藍沢さんはカノン推しだと思っていただけに、その完全な不意打ちに俺の思考は追いつかない――。


 藍沢さんは、俺がアーサーで本人あることには気付いていない……はずだ。

 それが分かっていれば、こんな話をするはずもないのだから。

 だから俺は、困惑しつつも藍沢さんに一つ質問してみることにした。


「――ちなみに藍沢さんは、どうしてアーサーが好きなの? 正直、他のメンバーに比べるとちょっと個性に欠けるっていうか、弱い気がしなくもないかなぁーって思って……」


 推しだと言うならば、一体アーサーのどこに引かれたのか。

 それはやっぱり、俺にとって今後の活動を続けていく上でも大切な情報であることに違いないのだ――。


「そんなことないよ。むしろ、アーサー様がいるからFIVE ELEMENTSなんだよ。それはきっと、他のメンバーの人達も同じこと思ってることなんじゃないかな」


 すると藍沢さんは、少しも悩む素振りを見せずに即答する。

 そのしっかりと語られた返事に、俺はまた言葉を失ってしまう――。


 ――俺がいるから、FIVE ELEMENTSって……?


 それは一体、どういう意味なのだろうか……。

 少なくともその言葉は、肯定的に語られていることは分かった。


 ただ、そうなるとあまりに自覚がなさ過ぎるのだ。

 これまでずっと俺は、劣等感みたいなものを抱きながらも、みんなに追いつきたい一心で自分にできることを精一杯頑張ってきた。


 だからこそ、その藍沢さんの言葉を素直に受け入れられない自分がいた――。


 すると、きっと顔に出てしまっていたのだろう。

 俺が理解していないことに気付いた藍沢さんは、言葉を付け足してくれる。


「例えばさ、昨日コラボしてたミミちゃんって、今はチャンネル登録者数三十万人ぐらいでしょ? それって、『らぶりー☆えんじぇるず』の中でも一番多いんだよね」

「あ、ああ、うん。そうかもね」

「桐生くんは、その理由ってなんだと思う?」


 なんだと思うって、なんだろう――。

 そんなこと考えたこともなかった俺は、答えが出せなかった。

 たしかに、俺とミミが初めてコラボした時はまだ、チャンネル登録者数は五万人に届かないぐらいだった気がする。


 だが、気が付けばミミも十万人、二十万人とチャンネル登録者数を伸ばしていき、今では三十万人という大きな数字を抱えるほどになったのだ。

 そして、そんなミミに引っ張られる形で、他のメンバーも徐々に人気を増していき、今では『らぶりー☆えんじぇるず』という箱の認知度もかなり高まっている。


 ただ、それは俺がどうこうではなく、全てミミの努力の結果なのだ。

 だからその件に関して、俺は全く関係ないはずだ。


「分からないかぁ。あのね、今のミミちゃんの人気は、アーサー様のおかげでもあるんだよ」

「え? ……いや、そんなことは」

「あるんだよ。ミミちゃんだけじゃない、これまでアーサー様とコラボした数々のライバー達に、なんならFIVE ELEMENTSのみんなだってそう。みんなアーサー様のおかげで、今があるんだと思うよ」


 藍沢さんの口から、しっかりと語られたその言葉――。

 しかし、あまりにも過大評価過ぎるその言葉に、まだ素直に納得できない自分がいた――。


「でも、他のメンバーのように特別な才能なんて……」

「あるよ」

「え?」

「アーサー様にしかない、特別な才能。――それは、人の魅力を引き出す才能だよ」

「人の魅力を、引き出す才能……」

「そう。みんなアーサー様と関わるようになって、ライバーとしての才能を開花させていってるんだよ。それはある意味、わたし達ファン目線だからこそ分かることなのかもしれないね」


 真っすぐ向けられる、確信の籠ったその言葉――。


 ――そっか。そんな風に思われていたのか。


 これまで俺は、ずっと自信がなかった。

 だからこそ、せめて楽しい配信をみんなに届けたいという一心で頑張ってきたのだ。


 ソロ配信はもちろん、誰かとコラボする時は相手について事前にちゃんと調べ、相手が広げやすい話題を笑いとともに展開する。

 それを意識して繰り返していくうちに、たしかに俺の中でも手応えみたいなものがあった。


 ――だからこそなのかな、こんなに嬉しいのは。


 このライバー活動において、俺は初めてちゃんと認められた気持ちになれた。

 もちろん、応援してくれるファンは沢山いるし、有難いコメントも沢山貰っている。


 それでも、こうして面と向かって、真っすぐ言葉にされたのは初めてだった――。

 その言葉は、自信のなかった俺にとって温かく、とにかく嬉しくて堪らなかった――。


「もう、なんで桐生くんがそんな嬉しそうにするのよ? ―—まぁそんなわけで、わたしはそんなアーサー様に憧れてるし、追ってるうちに気が付いたら夢中になってたんだ。いつかわたしもコラボできたら、自分でも知らない自分の魅力を引き出して貰えたりするのかなぁって考えるだけで、ちょっとワクワクしてきちゃうんだ」


 嬉しそうに話す藍沢さんの言葉に、俺も自然と笑みが零れてしまう。


 ――そっか。ありがとう、藍沢さん。


 今はまだ言えないけれど、藍沢さんがデビューしたその時は、必ずその期待に応えよう。

 そう心の中で誓いながら、それからも俺は嬉しさから笑みが止まらないのであった。




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