第28話 多くない?

「思うんだけどさ、アーサー様って女性コラボ多くない?」


 次の日。

 まだ周囲からの注目は浴びてしまいつつも、いつもどおり藍沢さんと最後尾の席で講義が始まるのを待っていると、藍沢さんから突然そんな言葉が放たれた。

 あまりに唐突だったその一言に、驚いた俺は背筋をビクゥ! と伸ばす。


「え!? なに、いきなり?」

「いやさ、昨日もアーサー様ってミミちゃんとコラボしてたでしょ?」

「あー、うん。そ、そうだね」


 俺が頷くと、「別に面白いからいいんだけど、気付いちゃったんだよねぇ」と渋い表情を浮かべる藍沢さん。

 その言葉と表情に、伸びた俺の背筋からは変な汗が流れ落ちていく。


 ――なんだ、いきなり!?


 俺の感情は、その一言に尽きた。

 なんでいきなり、そんな風に不満そうにしているのか。

 他のライバーの話ならともかく、アーサー本人としては正直理由を確認せずにはいられなかった。


「ち、ちなみに、女性とのコラボが多いと、藍沢さん的に何か不味かったりするのかな?」


 だから俺は、恐る恐る質問する。

 一体何が藍沢さんを不満にさせてしまっているのか、俺は今後の活動においてもきっと重要な情報が含まれていると思いながら聞いてみた。


「……いや、ちょっと多いなって思っただけ」

「へ?」

「き、桐生くんに言うことじゃなかった、ごめん……」


 しかし藍沢さんは、俺の質問に対してその頬を赤く染めながら、ちょっとばつが悪そうにそっぽ向くのであった。


 ――え、その反応はなんだ!?


 その反応に、余計俺の中でのモヤモヤが膨らんでいってしまう――。

 それでも、他でもないアーサー本人として、これでこの話題を流すわけにはいかなかった。


「わ、悪い意味じゃないなら、いいんだけど」

「うん、悪い意味じゃないよ! だ、だからもう、この話は止めにしよ?」


 探りを入れようにも、藍沢さんの方からこの話題は打ち切られてしまう。

 こうして結局、藍沢さんの呟きの謎は解消されないまま流されてしまうのであった――。


 まぁ、確認できなかったのは仕方ない。

 となれば、今はこの気まずい感じを解消させる方が優先度が高いと思った俺は、慌てて話題を変える。


「そ、それはそうと、いよいよ今週末だね! FIVE ELEMENTSのオフコラボ!」


 藍沢さんの大好きな、FIVE ELEMENTSのオフコラボの話題。

 これならば、絶対に食いつくだろうと確信して話題を振った。

 アーサー繋がりからの、我ながら完璧な話題転換だ。


「……そうだね。カノン様達とオフコラボだね」


 だが、藍沢さんの渋い表情は変わらなかった。

 あれだけ楽しみそうにしていたのに、この話題を振っても不満そうにしているのであった――。


 そこで俺も気が付く。

 そのオフコラボも、見方を変えれば女性とのオフコラボなのだと――。


 藍沢さん的に、アーサーが異性とコラボすることに対して、あまり良しとしない何かがあるということだろう。

 つまりこの話題転換は、全く転換できていなかったのである――。


 そのことに気付いた俺は、慌てて言葉を付け足す。


「ま、まぁFIVE ELEMENTSには、鬼龍院ハヤトもいるからね!」

「そうだけど、ハヤトくんはハヤトくんである意味同じじゃん……」


 えーっと? ある意味同じって何ですか、藍沢さん……?

 全く予想しなかったその一言に、俺のテンパりは加速していく――。


「ま、まぁ、FIVE ELEMENTSのみんなは家族みたいなものだし、お互い異性として意識してないんじゃないかなーって思うよ?」

「そんなのわかんないじゃん?」

「いや、分かるって! 絶対そうだよ! うん!」

「そうかな……ならいいけどさ……」

「うん! 大丈夫、俺が保証するよ! 安心して!」

「分かった……って、なんで桐生くんはそこまで言い切れるの?」

「ふぇ?」


 完全に勢い任せの俺の言葉に、ようやく疑問を抱く藍沢さん。

 その疑問は全くもってご尤もで、俺は更に焦りを増していく。


「あー、何て言いますか、そのぉー……そう思ったので」


 苦し紛れの、その言い訳——。

 客観的に聞いたら、ただのジャ〇アン発言だな、これ……。


 全く説明になっていない俺の説明に、藍沢さんは目を丸くする。


「……ぷっ」


 ――ぷっ?


「あははは! 桐生くん、それ説明になってないって!」


 そしてダムが決壊するように、大笑いしだす藍沢さん。


「あ、藍沢さん?」

「ごめん、面白くって! 桐生くん無理ありすぎだって!」

「あー、そ、そっか。そうだよね」

「あははは! わたしもごめんね、意味わかんなかったよね」


 あー笑ったと、涙を拭いながらようやく笑みを浮かべてくれる藍沢さん。


「――わたしね、実はずっとアーサー様が推しなの。だから、女の子のコラボが多いことにちょっとモヤっとしちゃっただけ」


 そして明かされた、藍沢さんが渋い表情を浮かべていた理由——。

 その言葉に、俺の頭は真っ白になる。


「……え? 藍沢さんの推しって、カノンじゃ……?」

「あー、うん。カノンちゃんは憧れだよ? でもアーサー様は、純粋に推しなの」

「お、推し、ですか」

「そう、所謂ガチ恋ってやつ?」

「ガチ恋!?」


 その言葉に、驚きを隠せなかった――。


 ――藍沢さんの推しが、俺ぇ!?


 だからいつも、アーサーだけ様付けだったのかと納得する――。


「あはは、桐生くんに言うことじゃなかったよね、ごめんね?」


 申し訳なさそうに謝ってくる藍沢さんに、俺はもうどんな反応を返せばいいのか分からなくなってしまうのであった――。


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