第25話 反応
月曜日がやってきた。
また今週も一週間始まるのかと、俺はうんざりしながらもいつも通り大学へ向かう。
しかし今日は、今朝の身嗜みチェックに時間がかかってしまい、結構ギリギリの時間になってしまったのは失敗だった。
ちゃんといつも通り起きはしたのだが、新しく買った服のどれを着ていくか迷ってしまったのと、まだ慣れない髪型のセットに手こずってしまったのだ。
しかし、せっかくお洒落な髪型にしてもらったのだ。
それであれば、身嗜みもちゃんとしたいと思い、結局時間ギリギリまで準備に時間を要してしまったのであった。
――でもこれなら、もう恥ずかしくもないだろうしな。
俺さえちゃんとすれば、藍沢さんといることで周囲から変な目を向けられることもないだろうと、周囲がどんな反応を見せるのかちょっとだけ楽しみだったりする。
そんなわけで、結局講義開始時間スレスレになって、教室へ到着したのであった。
◇
――えっと、藍沢さんは……あ、いた。
教室内を見回すと、既に藍沢さんの姿はあった。
今回も例のごとく、一番最後尾の列の一番端の席に座っている。
元々は俺の定位置だったわけだけれど、今では先に藍沢さんが待ってくれていることがちょっとおかしくて、それからちょっと嬉しかった。
「おはよう、藍沢さん」
「あ、桐生くん、おは……」
いつも通り挨拶を交わす俺達。
しかし藍沢さんは、こちらを向くと言いかけた口を固めて、そのまま石造のように全身も固まってしまうのであった――。
「えっと? 藍沢さん?」
「き、桐生……くん……?」
「そう、だけど……?」
あからさまに驚く藍沢さん。
その反応に、変な汗が流れ出す――。
――変、だったかな……。
急に不安に飲み込まれていくようだった――。
思えば今俺のしていることは、いきなり大学デビューをしてきたようなものなのだ。
そんなつもりはなかったのだが、結果的にそう思われることに今更気付いた俺——。
気付けば、藍沢さんだけでなく同じ教室にいるみんなもこっちを見ていることに気が付く。
普段の俺ならば、どんな視線を向けられてもさほど気にならない。
しかし何故だろう、今のこの状況はちょっとキツく感じられてしまうのであった。
――いや、違うな。俺は嫌われたくないんだ。
それは、周囲に見られているからじゃない。
俺は藍沢さんに、嫌われるのが怖いんだ……。
たかがイメチェンをしたぐらいで、人に対する評価を変えるような人ではない。
そのことは分かっているものの、こうして一度生まれた不安は中々拭えなかった。
「桐生くん……」
そして藍沢さんは、その大きな瞳でしっかりと俺の姿を見つめながら、その口を開く――。
「……いいじゃん」
「……え?」
「すっごくいいよ! 桐生くんっ!!」
ぐわっとその身を前のめりに寄せながら、満面の笑みとともにそうはっきりと言葉にしてくれる藍沢さん。
「そ、そうかな?」
「うん! すごくいい!」
俺は照れつつも、その藍沢さんの言葉のおかげで自分を取り戻す。
他の誰でもない、この場において藍沢さんだけが分かってくれれば、それでいいのだと――。
向けられるその、嘘偽りのない純粋な笑顔が全てだった。
◇
「本当ビックリしたよ、髪型からファッションまで変わり過ぎっていうか」
「あー、うん。ごめん」
「――それは何? 誰か気になる人でも出来ちゃったとか?」
これが俺だと分かれば、それからの藍沢さんは今まで通りだった。
今は講義中だが、藍沢さんはニヤリと微笑みながら、そんな雑談を振ってくるのであった。
「いや、そういうわけじゃないよ」
「本当にぃ? それこそ、この間一緒にゲームしたポッキーさんとかさぁ?」
「いや、あれは本当に違う」
藍沢さんのおちょくりを、即答で否定する。
何故ならそのポッキーとは、同じFIVE ELEMENTSのアユムなのだ。
彼女は仲間であり、そういう目で見たことなどもちろん一度もない。
「ふーん、そうなんだ」
すると藍沢さんも、俺が嘘を言っていないと分かったようで、それ以上追及をしてくることはなかった。
「でもさ、桐生くんの今の髪型って、ちょっとアーサー様に似てるよね」
「え? あ、ああ、そうかもね」
「それに、桐生と飛竜、ちょっと似てるね」
はっと気が付いた様子で、そう言って笑う藍沢さん。
俺はその言葉に、あははと笑い返すも内心はドキドキだった。
もちろん、名前が似ているのは本当にただの偶然。
俺も最初に決まった時、内心ちょっと似てるなとは思ったものだ。
しかし、偶然にしろ何にしろ、俺とアーサーがこうして結び付くこと自体が不味いのだ。
だったらこんな髪型にするなって話だけれど、これはその、ファッションだからいいのだ……。
焦った俺は、慌てて話しを合わせつつ誤魔化す。
「お、俺もアーサーみたいに、かっこよければいいんだけどね」
「いやいや、今の桐生くんイケてるって」
「そ、そうなのかな?」
「うん、その辺はあたしが保証するよ――って、わたしなんかが何様だって感じだけど」
「いや、そんなことないよ。――藍沢さんにそう言って貰えるのは、素直に嬉しいよ。ありがとう」
この大学でも、一番の美人と評判の藍沢さんにそう言って貰えたのだ。
それだけで物凄く自信に繋がるし、そんな風に言って貰えることが純粋に嬉しかった。
「ああ、うん。どういたしまして……」
すると藍沢さんは、その頬を少し赤らめながら俯いた。
何か今のやり取りで恥ずかしいポイントがあっただろうかと思いつつも、俺はそんな恥ずかしがる藍沢さんの姿に、不覚にもちょっと可愛いなと思ってしまうのであった。
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