第26話 お友達
それは、昼休みを過ぎた頃に起きた――。
「え、マジで桐生くんなんだよね!?」
俺は午後の講義を受けるべく、昼食を済ませると少し早めに次の教室へ向かった。
ちなみに昼休みだけは、藍沢さんは女友達と一緒に過ごすようにしているから、俺はこの時間は元のボッチへと戻るのだ。
しかし、そんな俺の周囲は今とても賑やかだった。
何故なら、藍沢さんだけでなくそのお友達の女の子達までもが、俺の席の周りへとやってきたからである――。
簡潔に言えばこうだ。
元々ボッチだった俺→そこへ藍沢さんが来てくれるようになった→藍沢さんのお友達までこっちの席へ来てしまった(今ここ)
という感じなわけだ……。
そして俺は現在、そのお友達からの質問攻めにあっており、先の質問へと繋がるのであった。
「は、はい、桐生です初めまして……」
「ちょ、ちょっと
「えー? 普通にお話してるだけじゃん。ってか桐生くん、本当に印象変わったよね!」
「ど、どうも……」
ダメだ、すっごくやりづらい……。
元々藍沢さんとは、Vtuberが好きという共通の話題があったから、自然と打ち解けることができたのだ。
でも、彼女達は違う。
別にVtuberが好きなわけでもなければ、おそらくパソコンにもさほど興味がない普通の女子大生なのだ。
お友達は全部で三人で、三人とも今時な服を着こんだ今時な女の子達。
そんな女の子達に、こんな風に次から次へと声をかけられてしまっては、元々免疫のない俺はそれだけでどうしていいか分からなくなってしまう……。
「やっぱ、ファッションと髪型で人って変わるものだねぇ」
「いやいやめぐちゃん、わたしは元々桐生くんってちゃんとしたらイケてるのにって思ってたよ」
「わ、なに自分だけよく思われようとしてんのよ」
「ちょっと、三人とも?」
盛り上がる三人と、それを受けて俺に申し訳なさそうにする藍沢さん。
そんな、完全に女子だけの空間に放り込まれてしまった俺は、ただ縮こまってこの場をやり過ごすしかなかった――。
「なぁーに、梨々花? すごく桐生くんのこと庇うじゃん?」
「い、いや、それは桐生くんが困ってるからであって……」
「えー、そんなにわたし達って迷惑?」
「別に、そう言ってるわけじゃないけどさぁ……」
そして四人の視線が、一斉に俺の方へと向けられる。
どうなの? と確認する三人と、困った様子でこっちを向くしかなかった感じの藍沢さん。
仮にここで、俺がはっきりと迷惑だと三人に告げれば離れられるのかもしれない。
でも三人は、藍沢さんのお友達なのだ。
それに、今も困ってはいるものの、別に三人から悪意を向けられているわけでも何でもないのだ。
ただ彼女達は、俺に対して好意的に話しかけてきてくれているだけ。
だから駄目なのは彼女達ではなく、それを上手く対処できていない自分なのだ――。
それに気付いた俺は、気持ちを切り替える。
素の自分なら、こういう場面は上手く対処はできない。
でも俺には、もう一つの顔があるのだ――。
「――迷惑なことなんてないよ。ごめん、ちょっと驚いちゃって」
俺は造り笑顔とともに、彼女達にそう返事をする。
そんな俺の言葉に、彼女達はぼーっとした様子でこちらを見てくる。
俺のもう一つの顔——それは他でもない、飛竜アーサーの存在だ。
普段の配信では、飛竜アーサーの中に俺が入っている。
でも今は逆で、桐生彰という冴えない男子の中に、飛竜アーサーを呼び起こしたのだ。
「だ、だよねー! だってさ梨々花」
「そ、それならいいけど……」
「藍沢さんもごめんね? 気を使わせちゃったね」
「ううん、桐生くんが大丈夫なら、わたしも嬉しいっていうか」
また頬を赤らめながら、ふんわりと微笑む藍沢さん。
その微笑みに、思わずまたキョドってしまいそうになるが、俺はぐっと堪える。
まぁそんなわけで、一応この場は丸く収まった。
――しかし、これからずっとこうなのだろうか……。
彼女達が決して悪いわけではない。
みんな明るいし、少し慣れてみれば接しやすいし、それに藍沢さんほどじゃないかもしれないが、三人とも美人だと思う――。
それでも、何だろうこの感覚は――。
彼女達のことは決して嫌じゃないのだが、どこか寂しいような残念に思っている自分がいるのであった――。
ふと隣を向くと、そこには変わらず藍沢さんの姿がある。
しかし、その浮かべる笑みはどこか困っているようにも見え、少し普段と違っているように感じられた……。
「じゃ、桐生くんも知れたことだし、わたし達はそろそろ行こっか」
すると、そう言って一人がすっと立ち上がると、他の二人も続いて立ち上がる。
その行動に、俺だけでなく藍沢さんまでも目を点にして驚いた。
「ど、どうしたの?」
「どうしたのって、そろそろ授業始まるから席移るだけだよ」
「そうそう、お邪魔虫はどきますよ」
「まぁ正直、桐生くんとはもっと仲を深めたいんだけどねぇ」
藍沢さんの言葉に、三人は笑って答える。
その言葉に、最初は藍沢さんはきょとんとしていたのだが、次第にその頬を赤く染めていく。
「ちょ、ちがっ! 別にそういうんじゃ!」
「いいからいいから! じゃ、またあとでね!」
こうして、藍沢さんのお友達三人は、満足そうに別の席へと移って行ったのであった。
「……なによ、もう」
彼女達とはともに行かず、一人俺の隣の席へ残る藍沢さん。
そして藍沢さんは、そう文句を口にしながらチラリとこちらを見る。
「さ、さっきのは、気にしないでいいからねっ!」
「あ、う、うん、分かった」
「ならよしっ!」
こうして俺達は、友達公認で? また変わらず、一緒に講義を受けることになったのであった。
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