第14話 パソコン

「やばい桐生くん! パソコン楽しすぎ!!」


 パソコンを買いに行って数日が経った。

 今日も大学の教室で、俺は藍沢さんと共に次の授業が始まるのを待っているのだが、特に変りもなく藍沢さんは藍沢さんしている。

 ちなみに藍沢さんは、パソコンが届いてからというものすっかりハマってしまったようで、家にいる時はずっと触っているそうだ。


「良かったね」

「うん! もうスマホと違って動画は大画面だし、ゲームも色々できるんだよ!」


 大きな瞳をキラキラと輝かせながら、子供のように喜びを露わにする藍沢さん。

 そのはしゃいだ様子は同じ教室の人達の注目を集めてしまっており、みんな何事だとそんな藍沢さんの姿に見惚れているのが分かった。


 しかしみんな、まさかこれがパソコンが楽しすぎるからだなんて誰も思わないだろう……。


 もう当たり前になりつつある、俺と藍沢さんのセット。

 さすがに今となっては、周囲から驚かれるようなことはなくなったものの、相変わらず羨望だったり嫉妬の視線というのは向けられることがある。


 きっとみんなからしてみれば、どうして俺なのだと思われているのだろう。

 それは未だに、俺だって聞きたいぐらいだ。

 それでも、理由はどうあれ藍沢さんがこうして楽しそうにしてくれていることが、これでいいのだという何よりもの証拠だった。


 だから俺も、深いことは考えずに藍沢さんとの会話を楽しむことにしている。


「それで、どんなゲームやってるの?」

「とりあえず、VtuberになるならやっぱりFPSは必須だと思ってね、有名どころから始めてみたんだけどすっごく面白いんだよ!」


 別にFPSをプレイしなくてもVtuberはやれると思うのだけれど、少し興奮気味に話す藍沢さんにそんなこと言っても野暮だと思い、ここは黙っておくことにした。


 ちなみに始めたFPSゲームとは、アユムが最高ランクまで到達しているゲームだった。

 だからもちろん、藍沢さんもアユムに影響されて始めたとのことで、ここでもやっぱりFIVE ELEMENTSの与えている影響は大きいことが窺えた。


「あと、アーサー様もやってるからね!」

「ああ、そうだね」


 急に自分のもう一つの名を呼ばれて、ちょっとドキッとしてしまった。

 まだまだアユムには程遠いものの、俺も最高ランクから二つ下のランクまでは何とか到達できているのだ。

 これでも、全体の10%ちょっとだと言われているのだから、個人的には頑張っている方だと思っている。


「今からやっておけば、もしわたしがVtuberになれた時にみんなとコラボできるかなぁ~って、気が早いかな!」


 そう言って、恥ずかしそうに笑う藍沢さん。

 まぁたしかに、まずはオーディションに合格しないことには始まらないわけだが、それでも先のことを考えて準備しておくことは何も悪いことではない。


「そんなことないよ。何よりゲームを楽しむことが大切だと思うし」

「そ、そうだよね! 桐生くんも同じゲームやってる?」

「ああ、うん。やってるよ」

「じゃあ、今度一緒にプレイしよーよ! 同じVtuberを目指すもの同士さ!」


 励ましたつもりが、まさかのゲームに誘われてしまう――。

 しかし、俺は帰ったら大体配信しているし、配信外でも他のVtuber達からのゲームの誘いがいくつか来ていたりするのだ。

 だから、ここはいくら藍沢さんのお願いだと言っても、正直そんな暇は中々……。


 断ろうと思うも、どうやら俺は藍沢さんから向けられるその真っすぐな瞳に弱いようだ……。


 ――そんな顔されたら、ノーとは言えないんだよなぁ……。


本来の優先度で言えば、先に声をかけてくれている人達を優先すべきなのだろう。

しかし、こんな風に物凄く期待するように、本当にゲームを一緒にやりそうに見つめられてしまっては、そんなもの断れるはずがなかった――。


「……そうだね、やろっか」

「本当!? わたし、まだ分からないところだらけだから色々教えて欲しい!!」

「うん、いいよ」


 両手を挙げながら、大喜びする藍沢さん。

 それは、一緒にゲームできるからか、はたまた共にVtuberを目指す仲間と夢に向かって踏み出せるからか……多分、その両方なのだろう。


 こんな風に喜ばれてしまっては、俺ももうどうしようもなかった。

 嬉しそうに微笑む藍沢さんの姿に、自然と一緒に笑っている自分がいるのであった。


 こうして、善は急げということで、今日の夜さっそく一緒にプレーすることとなった。

 本当は今日もソロ配信をしようと思っていたのだが、まぁ俺も運営さんから配信しすぎと言われることもあるし、丁度良い息抜きになるだろうと思いながら。



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