第13話 メイド喫茶

「「おかえりなさいませ御主人様! お嬢様!」」

「ええ! 今帰りましたわぁ!」


 メイド喫茶の扉を開けると、従業員のメイドさん達が出迎えてくれた。

 すると藍沢さんは、さっそく口調を変えてお嬢様気分を堪能しだすのであった。


 そんな藍沢さんの姿に、メイドさん達が「あれ、メイパラのりりたんじゃない?」「絶対そうだって」とコソコソ話している声が聞こえてくる。

 ちなみにメイパラとはメイドパラダイスの略で、初めて行くならまずメイパラと言われている程の有名店の名前だ。


 ――藍沢さんって、もしかしてこの業界で有名人?


 よくよく考えなくても、このルックスなのだ。

 こんな美少女がメイド服を着て接客してくれるなんて、そんなもの話題にならない方がおかしいって話だ。


 そんな藍沢さんがいきなり客としてここへ現れたことに、メイドのみんなだけでなく、一部のお客さんまでも驚いているのであった。


「こ、こちらのお席へどうぞ!」


 戸惑いながらも接客してくれるメイドさんに従って、俺達は案内された席へと座る。

 そして置かれたメニュー表に目を落とすと、藍沢さんは慣れた様子で色々と教えてくれた。


 それもそのはず、藍沢さんは所謂中の人なのだ。

 俺はVtuberの中の人だからVtuberに詳しいし、藍沢さんはメイド喫茶の中の人だからメイド喫茶に詳しい。

 だから今は、俺が聞く側で藍沢さんが教える側という、普段と立場が変わっているところが、ちょっとだけおかしく思えてくるのであった。


 そんなわけで、俺は藍沢さんの説明に従って、チェキを一緒に撮れるドリンクセットを頼むことにしたのであった。



 ◇



「「美味しくなぁ~れ! 萌え萌えキュン!」」


 注文したドリンクに、美味しくなるおまじないをかける。

 それは向かいの席に座る藍沢さんも一緒で、藍沢さんからも手で作ったハートを向けられていると、何だか俺だけがお客さんとしてやっているようでちょっと恥ずかしかった。


 そんな恥ずかしがる俺を見て笑う藍沢さんは、やっぱりずっと楽しそうにしてくれているのであった。


 こうして二人で、メイド喫茶という非現実的な空間を楽しんでいると、急に藍沢さんは改まった様子で話しかけてくる。


「ってか桐生くんってさ、機材周りも含めてだけど、どうしてそんなにVtuberに詳しいの?」

「へ?」


 きっと藍沢さんは、ふと思ったままを口にしただけなのだろう。

 しかしそんな疑問は、完全に油断していた俺を焦らせるには十分過ぎた。


 飲んでいたジュースのストローが、ちょうど空になったグラスをズズズと鳴らす。


「もしかして、桐生くんって――」


 そして藍沢さんは、ハッと何かに気付いた様子で核心に迫ってくる――。



「――わたしと同じで、Vtuberになりたかったりするの?」

「ふぇ?」



 その予想外の言葉に、思わず俺はまぬけな声を漏らしてしまう。

 てっきり俺は、Vtuberをやっていることがバレてしまったのかと思っただけに、その予想外の言葉に思わず呆けてしまったのだ。


 俺は事務所の方針上、誰かに正体を明かすわけにはいかない。

 だからここは、セーフと安堵しながら藍沢さんの話に乗る。


「……あー、うん、そうなんだよね。とは言っても、一回やってみようと思ってちょっとだけ調べた程度なんだけどね」

「そうなんだ! じゃあ、もう諦めちゃったの?」

「まぁ、そうなるかな? 俺にはちょっと無理かなぁーって思って」

「そんなことないよ! 桐生くんって話してみるとすごく落ち着くし、面白いところもあるから全然無理なことないよ!」


 真っすぐに向けられたその言葉は、嬉しい分申し訳なくなってくる。

 だって俺は、藍沢さんに嘘をついているわけだから……。


「そ、そうかな? ありがとう……」

「うん! 絶対いけるって! だから、一緒に目指そうよ!」

「目指す?」

「そう! 一緒にVtuberになろう!」


 キラキラとその瞳を輝かせながら、そんな嬉しい言葉をかけてくれる藍沢さん。

 その真っすぐな気持ちに対して、俺は返答を考える。


「……そうだね、やってみようかな」

「よし! じゃあお互い、まずはデビューを目指して頑張ろう!」


 俺の導きだした答えは、Vtuberを目指していることを受け入れるだった。

 今後も会話の中で口を滑らすことなども考慮して、否定するより肯定した方が、きっと後々も良いだろうという考えからだ。


 こうしてこの瞬間、俺達は共にVtuberを目指す間柄にもなったのであった。


 ただ俺は、もう既にVtuberとして活動しているわけだから、藍沢さんに対して半分嘘を付いていることになる。


 だからこそ、もし藍沢さんがうちの事務所に合格したならば、その時は必然的に俺の正体も分かることになるだろう。

 藍沢さんに真実を明かすためにも、俺は今度ある妹分グループのオーディションには合格してほしいなと願うのであった――。



 ◇



「あー楽しかったぁー!」


 お店を出ると、藍沢さんは満足そうに大きく伸びをする。

 最後は一緒にチェキを撮影してもらい、今日の思い出を形として残すことができた。

 最初はただ買い物へ同行しに来ただけのはずが、こうして楽しい時間を過ごすことができた。


 それは藍沢さんも同じようで、帰り際にメイドさん達からメイド喫茶で働いていることを聞かれると、あっさりと白状した藍沢さん。

 その結果、メイドさんの方から握手まで求められており、まだバイトを始めて日が浅いはずだけれど、既に藍沢さんがこの業界で顔が知れた存在なのだということが伝わってくるのであった。


 そんなわけで、大学だけでなくここでも特別だった藍沢さん。

 そんな姿は、配信する以外は何もない俺にとって、光のような存在に思えた。


「もう夕方か、なんか色々付き合って貰っちゃってごめんね!」

「いや、俺も楽しかったから大丈夫だよ」

「そう? ――ちなみに桐生くんは、このあとのご予定は?」


 もう解散かなと思っていたのだが、藍沢さんは腕時計に目を落としながらそんなことを聞いてくる。

 もちろん、普段配信以外は何もしていない俺に予定なんかない。

 今日は、夜元気があればソロ配信しようかな程度で、別に今日ぐらい休んだって構わなかった。


 だから、このままもう少し藍沢さんと共に過ごせるのならば、それは俺にとって素直に嬉しいことだった。


「何もないよ」

「よし! じゃあ、一緒にご飯でも行っときますか! 近くにずっと行ってみたかったお店があるんだぁー!」


 俺がフリーだと分かると、ガッツポーズと共に喜ぶ藍沢さん。

 こうして俺は藍沢さんと、近くにある普段は行かないようなお洒落なお店で夕飯を済ませた。

 食事をしながら、Vtuber以外のプライベートな話題も交わしながら一緒に過ごす時間は、新鮮でありとても有意義な時間なのであった。






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