第12話 お買い物

 次の日。

 俺は秋葉原の駅へとやってきた。


 今日もいつもの服に、美容室へ行けていない伸びきった髪。

 我ながら、外出するにはお粗末なものだと思う。

 でもある意味、これはこれでこの街には馴染んでいると思っているのだが、それでも俺は引け目みたいなものを感じているのであった。


 何故かと言えば、それは――、


「あ、いたいたー! おーい!」


 こちらに向かって大きく手を振りながら、満面の笑みとともに近付いてくる一人の美少女――。

 そう、俺はこれからこの美少女――藍沢さんとともに、買い物をする約束をしているのだ。


 やってきた藍沢さんは、白のオフショルダーのトップスにタイト目のジーンズを合わせており、今日もその若干露出の多いファッションはとてもよく似合っていて、正直目のやり場に困ってしまう。


 別に秋葉原と言っても、俺のようなルックスの人だけではなく、お洒落をした男女だって普通に行き交う街だ。

 それでも、藍沢さんはそこにいるだけで目立ってしまうというか、大学にいるとき同様、今も周囲からの視線が集まっているのであった。


「ん? どうかした?」

「いや、何でも……」

「そう? じゃ、行こうか!」


 しかし、周囲からの注目なんて気にする素振りも見せず、今日もとにかく明るい藍沢さんはさっそく歩き出す。

 俺もそれに続くものの、こんな藍沢さんと二人きりなことをどうしても意識してしまっている自分がいるのであった――。



 ◇



「あ、桐生くん昨日の配信みた?」

「あー、ネクロの」

「そうそう! 昨日も面白かったから、ネクロちゃんももっと配信してくれたらいいんだけどなぁ」


 目的地へ向かいながらする会話は、昨日の配信の話だった。

 もっと配信してくれたらいいのにという藍沢さんだが、それはメンバーである俺達からしてみても同じ気持ちだったりする。


 もちろん本人とも、この話はしたこともある。

 しかしネクロは、基本的に配信自体にあまり乗り気ではないのだ。


 まぁ活動を長く続けていくうえで、自分のペースを保つというのは大事なことだ。

 だから、無理して毎日配信をしようとか思っていると、いつか潰れてしまう可能性だってある。


 だが、それにしたって極端に配信の少ないネクロ。

 それがある意味、ネクロの配信の希少価値を高めているとも言えるのだが、才能がある分もったいないというのが皆の総意だろう。

 だがこの話をすると、いつも最終的には「アーサーがもっとコラボしてくれるなら、考えなくもない」と、何故かネクロは俺に責任転嫁してくるのである。


 だから昨日みたいに、たまにコラボへ誘ったりしつつコントロールをしているのだが、そんなネクロはFIVE ELEMENTSの中でも、やっぱりよく分からない存在なのであった。


 そんなわけで、昨日のコラボ配信の面白かったトークを聞きながら歩いていると、あっという間に今日の目的地であるPCショップへとたどり着いた。


「あ、ここだね! うわぁー、パソコンいっぱいだ!」


 店頭に並べられたパソコンを見ながら、その瞳をキラキラと輝かせ興味津々な様子の藍沢さん。

 それもそのはず、これから自分がVtuberになるという夢のための準備をするのだ。こうしてワクワクしてしまうのも当然だった。


 俺自身、この活動を始めるときは同じ気持ちだったことを思い出す。

 だから今の藍沢さんの気持ちは、物凄くよく分かるのであった。


「さ、入ろう桐生くん!」


 こうして店内に入った俺達は、店員さんのアドバイスも交えて予算に合ったスペックで、必要な機材を買い揃えることができたのであった。

 隣を向けば、そこには満足感とやる気に満ち溢れた藍沢さんの横顔があった。


 ――上手く行くといいね。


 これから始まる、藍沢さんのVtuberの道が上手く行くことを願いつつ、俺はこれからもサポートできることはしてあげたいなと思うのであった。



 ◇



「いやぁー、お金使っちゃったな」

「あはは、結構したからね」

「うん、でもこれでついに、一歩踏み出せたって感じ? ありがとね桐生くん!」

「いや、俺は別に何も……」

「そんなことないよ、ずっと助かってる!」


 そう言って、まるで花開くように満面の笑みを向けてくれる藍沢さん。

 そんな真っすぐな笑みを向けられてしまっては、俺も何だか恥ずかしくなってきてしまう。


「あ、このまま真っすぐ帰るのもあれだし、ちょっとあそこ寄ってかない?」


 そう言って藍沢さんが指差す先にあるのは、お洒落なカフェだった。

 秋葉原にもこんなところあるんだなぁと思いつつ、さすがは女子大生。

 やはり、あのカフェのようなお洒落空間には興味を引かれるのだろう。

 まぁ断る理由もないし、ここはオーケーしようとすると――、


「待って! やっぱりあっちがいいかも!」


 藍沢さんは、急に違う場所を指さすのであった。

 だから俺も、その改めて指さす先に目を向けてみると、そこにはでかでかと掲げられたメイド喫茶の看板があった。


「メ、メイド喫茶……ですか……」

「うん! 敵情視察的な?」


 そう言って、ニヤリとした笑みを浮かべる藍沢さん。

 そうだった、藍沢さんもメイド喫茶でバイトをしているんだっけ。


「バイトはしてるけどさ、わたしお客様として入ったことはないんだよね! 何て言うか、バイトしてるわたしが言うのもなんだけどさ、こういうお店って一人じゃちょっと入り辛いじゃない? だから、一回お客様として入ってみたかった的な?」


 なるほど、だから俺と一緒の今がちょうど良いと……。


 こうして断るアレもない俺は、メイド喫茶でバイトする藍沢さんと一緒に、メイド喫茶へ向かうことになったのであった――。


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