第2話

僕は風を振り分けながら家と人を追い抜いていき、あっという間にいつもの場所に着いた。


 山の駐輪場に自転車を乱雑に止め、いつもの場所へと向かう。僕らのいつもの場所は秘密基地だ。秘密基地という名だが、どちらかというとツリーハウスといった方が良いのかもしれないそこは、友達の力を借りてみんなで作った。普通であれば、十万以上の費用がかかるところを、廃材と家から持ってきた道具だけで無料で作り上げた。神社の宮司さんには許可を取るために場所を伝えてあるが、お父さんやお母さんにはこの場所は教えていない。


この公園自体は目立つが、大きな木の中に建てられた子供サイズの秘密基地に気付く大人は居なかった。


 思い出を振り返っていると、砂に足を擦らせる音とともに誰かからおもいっきり肩を叩かれた。


僕は反射的に振り返って確認するとそこに立っていたのは、腕を胸の高さまで上げて悪い笑みを浮かべる美鈴ちゃんだった。


「わっ!びっくりした……。もー美鈴ちゃん、居るなら居るって言ってよ!」

「ごめんごめん!ねぇそれよりあっち行こ!」


 僕は大きな木の根のそばに向かって走っていく彼女を追いかけ、一緒に寝転んだ。


 しばらく、木々の隙間から見える青い空と漏れ出る光に照らされながらぼんやりその様子を眺めていると、彼女が口を開いた。


僕は聞こえてきた声に意識を向ける。


「ねえ、しゅーちゃん。」

「なに?」

「しゅーちゃんって好きな人いる?」


 そう言われて僕は立ち上がった。


『好きな人いる?』と聞かれたこの瞬間、僕の心臓が跳ね上がる。


鼓動が早くなって、声が震える。息の仕方を忘れる。何も考えられなくなる。


「え?ぼ、僕? ……い、いるよ」

「えっ、いるの!? 誰?」


 そう言って彼女も立ち上がった。


彼女は、僕が好意を寄せている相手が気になるのか目を輝かせて、少しずつ近づいてくる。


僕もそれに合わせて少しずつ後退る。


「教えないよ!」

「えぇ、 教えてよ!」


 彼女と僕はその公園で追いかけっこをしながらずっと言い合っていた。


「お願い!誰にも言わないから!」

「絶対やだ!」

「お願い!」

「やだよ!」


 僕は後退りながら一瞬だけ地面を見て、再び彼女の方を見た。

その時、彼女も少しだけ俯いていたのに僕は気付いた。


「……どうしたの? 美鈴ちゃん? 美鈴ちゃん!」


 先程まで騒いでいた彼女はまるで騒いでいたのが嘘だったかのように静かになっていた。


それどころか喋りかけても何も反応しない。別人のようにも見えた。ただ一点を見つめて呆けている。ただ呆けている彼女の表情は徐々に絶望へと変わっていったのを僕は見逃さなかった。


 間もなくしてから彼女は少し下を見て、我に返ったかのようにこちらを見た。


そして声を震わせながら言った。


「ねえ、何か聞こえんかった?なんか悲鳴みたいな……。」

「え?ただみんなが遊んでるだけじゃないの?」

「そうなんかな……。」


 そう言うと彼女は目を泳がせながら横の道を見た。


彼女が見たその道は近くの商店街に繋がる広い一本道だった。


 よくこの道から、商店街のおじさんの店に行って話をしたり遊んだりしている。


 その中でもよく行くのは魚屋の木野さんと、建築会社を経営している向井のおじちゃんの所だった。


木野さんも向井のおじちゃんも優しくて面白いから僕はそんな二人の事が大好きだった。


「いや……違う。あれ見て。」


 彼女は震えながら指をさし、ゆっくりと僕の目を見て言った。


指で指された先を見ようと彼女に近づく。


指された先にいたのは、向井のおじちゃんと木野さんだった。


 あまり見えないが二人は何かを持っていた。


目を凝らしてよく見てみると二人は凶器を持っていた。


「向井のおじちゃんと木野さん?でもその二人がどうしたの?」

「しっ!静かにして!聞こえちゃう……。」


彼女は僕の手を引っ張って木の後ろに隠れるように移動した。


「大丈夫だよ、こんな距離じゃ聞こえないよ。」

「しっ」


 彼女は横にいる僕の口の近くに人差し指を出した。


あんなに優しい二人を何故そんなに警戒しているのか分からず、僕は小声で彼女に質問した。


「何?どうしたの?」

「二人が持ってるもの見たでしょ?」

「見たよ。でもそれがどうしたの?」

「……血が付いてたの。」


 そう真剣な表情で言う彼女の言葉に僕は耳を疑った。

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