第3話 大人たち

それは彼女の見間違いではないのだろうか。

そう僕は思った。では彼女が聞いたという悲鳴はなんだったのか。通行者がいる外に包丁なんかを持ちだすだろうか。先程の悲鳴は?僕の頭の中は沢山の疑問と言葉で溢れかえっていて、今にもその場から意識が逃げ出してしまいそうになっていた。


「それ本当に言ってる?」

「本当に言ってるよ!あの子たち、大丈夫かな……。何も聞こえなくなっちゃったけど」

「……きっと大丈夫だよ!」

「そ、そうだよね……。安心して大丈夫だよね」


僕と彼女の声はあまりの恐怖に震えていた。声だけじゃない。心も体も何もかもが震えていた。僕に関しては彼女の発言がまだ信じられていなかった。あの優しくて大好きな二人が殺しを働くなんて。それにまだあの子たちが無事じゃないとは決まったわけじゃない。そう心の中で言い聞かせ、逃げ回る自分をなんとか食い止める。


「美鈴ちゃん、心配なら交番行こう? ね? あの二人は交番とは別方向に行ったしきっと見つからずに行けるよ!」

「それは無理だよ。」


少し離れたところから聞こえてきたその声は、僕たちに近づくにつれて大きくなっていった。まだ恐怖をぬぐえない僕とは真逆で冷静な声。聞き慣れた声に耳だけではなく、目もそちらに向けてみる。そこにいたのは玲音君だった。今日は遊べないと言っていた彼が目の前に居ることに僕は驚いた。


「玲音君! どうしたの? なんで?」

「言っても騒がないでね。」


僕と彼女は静かにうなずく。何を言われるんだろう、先程まで思っていたことを端にやって、その思いが僕の心を独占した。


「大人たちが……子供を殺してるんだ。」


見たもの聞いたものが嘘じゃ無かったことを認識させられた。思い込みでも無かった。更に別の場所でも殺人が起きている事実を知らされた。


この町に殺しを働いた人が二人もいる事実が信じられなかったのに、さらに別の所でもそのようなことが起きているだなんて。更に子供を殺している?大人が子供を?警察は?動いてるんだよね?


あの場面シーンを確信づけるかのような発言は、先程まで思っていたことで再び心を独占させた。


彼女の頬には透明な水滴が静かに流れ落ちる。


口を手で塞ぎ、肩を震わせている。


静かにしなければいけない、そんな思いが彼女におもいっきり泣かせる事を止めた。


「どういうこと?」

「そのままの意味。大人が子供を殺してる。」

「嘘だよね?」

「本当だよ。大人たちが方法問わずに片っ端から子供を殺してるんだ。」

「僕らもさっき見たんだ。木野さんと向井のおじちゃんが……。」

「嘘だろ。そっちもか。」

「でもこの町の大人が子供だけを狙って殺すなんて。そんなこと……。」


僕は色んな感情と言葉が混ざりあっている中、とある疑問点を見つけてそれを彼に聞いた。


「そういえば、玲音君はどうやってここまで逃げてきたの?」

「僕は裏道から逃げてきたよ。ほら塾の裏。坂の所。」

「裏道から逃げてきたんなら、いつ町の大人たちが子供を殺してるっていう事に気付いたの?」


「坂に上った時。授業中、大人たちが教室に入ろうとしていたから、先生がドアの鍵を閉めたんだ。そうしたら、大人達はドアの硝子に何回も包丁を突き刺して割ったんだ。破片が腕に刺さってもお構い無しで、割れた所から腕を入れて鍵を開けてきたよ。そして目の前にいる子の息の根を止めようと必死に刺してた。それで僕は裏口から逃げて、近くの坂に上ったんだ。そうしたら沢山の大人が子どもを殺してるのが見えたって訳だよ。」


彼は淡々と自分が見たものを説明していたが、その奥には恐怖と悲しさがあるように思えた。話の合間にたまに見せる表情がそれを感じさせた。


「他のみんなは?置いて行ったわけじゃないよね?」

「刺されて動けない子以外はみんな逃げたよ。白百合山に行ったか、家に逃げ帰った子が多いと思う。家に逃げ帰った子たちはもう……。」

「玲音君は大人たちに見つからなかったの?」

「うん、見つからなかったと思うよ。みんな僕の方を向いてなかったから。というか見向きもしなかった。それほど殺すのに心を奪われていたんだ。獲物の息の根を最後まで止めるのにみんな必死だった。」


この突然起きた異変が如何いかに残酷なのかは聞いているだけでも十分に理解していた。自分の手で一生懸命育てた子どもを一瞬で殺してしまう。他人に自分の子どもを殺される。それでも悲しまず、一時の快感に身も心もまかせて子どもの息の根を止めつくそうとする。昨日まではみんな普通だったのに。


玲音君が淡々と話している間に、後ろの方に僕より少し大きな影が現れたことに気付いた。

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