この町は一体なんなんだ?

数年前、大学生だった俺は新聞なんかに書かれている事件を自分なりに推測するのにハマっていた。


もう解決しているのであろう事件でも自分なりに推理し、時には調べて答え合わせをした。


小さい頃、探偵ものの映画を見た俺は将来、記者や探偵などの人を調べる仕事に就いてみたいと思って、その練習がてらにでもとやっていた。


そんな事をして過ごしていたある日、貯めた金でパソコンを買った。そこで最初にしたのは当時流行っていた掲示板を見る事だった。


その掲示板で「#犯罪マニア」と調べると、世界中の犯罪に関しての記事が出てきた。中にはあの超絶凶悪犯、田中 Yの一部始終が全てまとめられているものや、まだ未解決の事件までも転がっていた。


俺はそれにどっぷりハマっていつの間にか一日がそれだけで過ぎていることも多々あった。


そんな時、掲示板運営からメールが来た。よくあるおすすめ記事のメールだった。そういうものはいつもスルーしているのだが、今回は珍しく何処かで起きた事件についての記事が送られてきた。


運営からすれば犯罪関連なんてタブーな話題のはずなのにこういうのも送ってくんだなぁ。なんて思いながらそのメールにカーソルを合わせてクリックした。


いつも送られてきていたメッセージと一緒の文で違うのは記事だけだ。


最初は記事だと思ってクリックしたのだが、出てきたのはその記事を書いている人のプロフィールだった。


「黒豆と犯罪。」というどこかの犯罪マニアが書き込んでいるらしい。


その人はフォローフォロワー共にゼロ人だった。

更に記事を見られた回数もゼロ回であった。


そいつは自分の事を、知る人ぞ知るマニアだと言っていた。


プロフィールを見た時はこいつは何を言っているんだろうと思っていた。


しかしこいつが書いている記事はどんなのがあるのか見てみようと思いマウスのホイールを回した。


そこで見つけたのが黒百合村で起こった事件だった。


「昔、H県黒百合町で殺人事件があった。

黒百合町がまだ村だった頃、そこで暮らしていたとある四人家族が起こした事件。容疑者は夫婦、被害者は子供二人。旦那の名前は松村謙太、妻は亜希子、その子供の姉の方は由紀子、妹の方を加奈子。夫婦二人とも良い仕事に就いてて、村ではかなり評判が良かったんだ。でも、ある日変わっちまった。姉妹を、虐待で思いつく行為全てに限らず、殺人に近いこともやってたんだって。聞くだけでも死ねる位の事をやってたってさ。で、ある日遂に殺しちまった。その前からもう殺されたも同然のような感じだったからあんまり殺したっていう実感は無かったんだって。そして何日かした後警察に見つかった。

事情聴取の結果は特に知らされてなかったけど、勿論小さな村だったから新聞記事にもなったんだってさ。その家は現在はもう潰されちゃってるらしいんだけど、そこに神社が建ったんだって。その神社の名は黒百合神社。今更だけど縁起が悪いよね。黒百合だなんてさ。なんでも姉妹が殺された土地に黒百合が咲いたからだって。当時の町新聞は何処を探しても無いし、本当のとこは分からないけど探してみる価値はあるかもね。」


創作だとしてもかなり面白かったし、暇だったから実際に行ってみようと思った。


こいつは天才だ。こいつに会って話がしてみたい。そいつは俺が知らない事件ばかりを掲示板に書いていた。


誰にも知られていない、見られていない、ネットを漁っても見つからない。運営と検索のプログラミングをも掻い潜っていた。


俺とこいつと当事者しか知らないであろう事件を書くこいつは俺にとって神のような存在だった。


今思えばこいつは俺になにか伝えたかったのかもしれないなんて思うようになった。


なぜ俺を選んだのかは分からないが。


その時にこの町で昔起こった事件について書かれていたのを見た俺は記者になり、昔起こった事件について取材をするためになけなしの金を叩いてここまで来た。


だが来て一週間が経って何も事件について収穫が得られなかったから帰ろうと思っていた矢先にこんな事件が起こりやがった。


今俺がいる商店街では沢山の大人が子供を殺している。目に入れるだけでも痛い光景だ。


殺人事件の証拠写真を撮って会社に送ろうとしたが、あまりにも残酷な現場で、カメラを構えるよりも足がすくんでしまった。


一週間前は普通の港町だと思っていたのに、ここの人たちは狂っていた。


今ここで叫んだらまずい。


そう思って何とか隣にある石壁の力を借りて体制を取り戻し、その場を去ろうとした時、声を掛けられた。


その人は優しそうな五十代程の女性だった。


俺のおびえて動けない姿を見て彼女は不思議そうにしていた。


「こんにちは。」


「……!?」


「……?どうしたん?なんでそんなおびえたような顔をしとるん?」


「こ、子供が殺されて……。」


「あぁそうやね。で、どうしたん?まさかそんなことに驚いとるの?何、あなたこの町の出じゃないの?」


「え……?」


優しそうな女性の姿を完全に認識した時はやっとまともな人を見つけたと思っていたのに。


それは流石に外見で決めすぎているか。


この町には異常者しかいないのか。


しかし、優しそうな彼女の目には光などなかったことに気が付いた。


「まぁいいけ。この町の事を外部にばらすようなことはやっちゃーいけんでね。神様から罰を受けることになるけぇ。」


「神様……ですか。」


「信じないというならそれでいい。でも神様はあなたをずっと見ちょる。どこに居ても、ずっと。」


そう言って彼女は立ち去った。


俺は神様など信じたことはない。


今の会社も楽しいというわけでもないし、彼女もここ数年いない。


何も楽しくないのに神様なんているものか。


まぁこれは自分のせいで神様は何も関係がないのだがな。


だが少しばかりは幸運を与えてほしいものだ。


黒百合町の異変から一週間が経とうとしていた。


最初は衝撃的だった場面にもだんだん慣れてきていた。


慣れてくるのはおかしいのだが、”これが普通”そう思うようになっていた。


だが今日、俺が借りているアパートの前に子供が来た。子供の存在が他の大人にばれたらどうしよう。


でも子供たちをほおっておくわけにはいかない。


その二つの思いで心が葛藤して、結局家に入れたはいいものの……。これからどうなるのだろうか。


「えーっと、よぉ。」


「……」


「まぁそうだよな。何か買ってきてやろうか?」


「サイダーとお菓子。」


「おう。分かった。じゃあ行ってくるわ。」


俺はアパートを後にしてコンビニへと向かった。


「えっと確かサイダーとお菓子……。」


「あら、高木さん。」


そう声をかけてきたのは異変初日に出会った女性だった。


「あ、こんにちは。」


「買い出し?」


「はい、そろそろ備蓄が尽きてきたので。」


「そうなのね。あ、そうだこれ作ったの。よかったらあげるわ。」


そう言って彼女は鞄の中から何かが入ったタッパーを取り出した。


中に入っていたのは肉じゃがだった。


「いえいえそんな……」


「一人じゃ食べきれないから余っちゃって。」


「良いのに……。」


「良いのよ。受け取って。」


彼女は笑顔でそう言ってそれを渡してきた。


しかしその笑顔の奥には何か抱えているような感じだった。


「……じゃあお言葉に甘えて。」


初日から、商店街に出向くと他の所から来たからなのか、よくタッパーに入った食材を貰っていた。


貰って後で食べようと思っていたものは一口も口をつけずに今日になってしまった。


街からも出られないし大人は子供を殺してるしなんなんだ。


一体この町で何が起きているっていうんだよ。


「ただいま。」


ドアを開けるとみんなが一斉にこっちを向いてきた。


別の所から来たが俺も大人だからまだ完全には信用できていないのだろう。


「えっと、まぁ好きにしてて。俺は調べたいことがあるから。あ、これ。」


俺を唯一最初から信用してくれている少女に頼まれたものを渡して、部屋の隅にある座布団に座った。


始めにパソコンを開いて黒百合町の歴史を調べてみる。以前の名前はすみれ町といったらしい。


村の名前が黒百合に変わったのは一九一〇年の事だった。


名前が変わったということはその年に何かしらの出来事があったということになる。


あくまでも俺の仮説だが。


黒百合新聞の公式サイトに飛んで探してみるも特に参考になりそうなものは見つからなかった。


当時は携帯も普及していなかったためかネットを漁っても記事が中々見つからない。


でも一つ気が付いたことがある。


一九一〇年の記事を一つ一つ調べて行っている時に八月の記事だけが存在しないことに気が付いた。


九月の記事もちょくちょく無くなっていたが八月だけは一枚も新聞が存在していなかった。


恐らく原因があるとしたら八月だろう。


あの事件の真相につながりそうな証拠をまた一つ手に入れた俺はあたりがもう暗くなっていることに気づいた。


子供たちはまだ寝ていない。


「みんなまだ寝ないの?」


「まだ起きてます。」


「そうか。一人寝てる奴いるけど。」


「こいつよくこんな状況で眠れるよな。」


「あはは、僕もそろそろ寝るよ。おやすみみんな。みんなも早く寝るんだよ。」


そう言って固く冷たい畳に寝転んで座布団を枕代わりにした。


寝心地の悪いのはよそに静かに意識が遠のいていくのを待った。

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