とある部屋の、王子様とお姫様

ふさふさしっぽ

とある部屋の、王子様とお姫様

 ――とある国の、とある町に、王子様と、お姫様がいました。

 王子様は、幼いころから、お姫様を守っていました。

 今日も、助けを求めてやってきた、お姫様を家に迎えてあげました。


 お姫様はふわふわの長い髪に、大きな目をした女の子です。

 王子様は短い黒髪に、鋭い目つき。それと、やっぱり女の子でした――。





 焼き菓子の甘い匂いが部屋を満たしている。バターと砂糖で作った焼き菓子は十分甘いのに、目の前の親友は、それを甘いミルクティーと一緒に飲み込む。

 甘い甘い言いすぎか?

 いやいや、甘いのは違いない。目の前の、あたしの結乃ゆのは、いつもとろけるように甘い。


「いつもごめんね、美羅みらちゃん。美羅ちゃんの部屋、緊急避難場所みたいにしちゃって」


 結乃が垂れ目がちの大きな瞳を、あたしに向ける。色素の薄いふわふわのロングヘアーは、どこかの国のお姫様みたいだ。


「そんなの気にしないでよ。困ったときはお互い様だよ」


 あたしはクッションの上にあぐらをかいて、焼き菓子を口に放り込んだ。


「もう高校生になったのに、私ってば子供みたいで、おかしいよね」


 クッションにちょこんと横座りする結乃が、俯いてぽつりと言う。

 あたしは前のめりになって否定した。


「おかしくないよ? 全然おかしくない! 大人になってもおいでよ。おばあちゃんになっても、あたしはいつでも大歓迎だよ!」


「おばあちゃんになっても? 美羅ちゃんそれ本当? ふふっ、嬉しい。じゃあお言葉に甘えちゃおっかな。……そういえば、美羅ちゃんのパパとママ、まだお仕事?」


 顔を上げた結乃が首を傾げる。


「そうだよ。いつものとおり、二人とも忙しいからさ。結乃、今日はうちでご飯食べていきなよ。一緒に作ろう」


「うん! ありがとう、美羅ちゃん」


 結乃がぱっと笑った。

 満面の笑みじゃない、寂しさを隠し切れていない笑い方で、あたしは何とも言えない気持ちになる。

 結乃の家は複雑だ。お父さんとお母さんが離婚するしないで、しょっちゅうケンカしてる。いや、複雑でも何でもないか。うちと違って、親の仲が良くないってだけ。良くないから、子供である結乃は小学校からの親友である、あたしの家に避難してくるってわけ。


「お礼なんていいよ。あたしが結乃を守るからさ」


「美羅ちゃん、王子様みたい」


「おうよ。結乃だけの王子だよ」


「ごめんね。シャワーまで借りちゃって」


「びっくりしたよ。結乃ってば、傘もささずにずぶぬれで、うちの前に立ってるんだもん」


 今日もおじさんとおばさん、派手にケンカおっぱじめたんだろうなあ。それで結乃はいたたまれなくなって、家を飛び出した。

 可哀想な結乃。

 あたしが、守ってあげるからね。


「美羅ちゃんて、私が今読んでる小説の王子様に、ちょっと似てるんだ。背が高くて、キリッとした目で、短い黒髪で」


「へえ。じゃあ生まれ変わったら、今度は王子になろうかな」


「異世界転生ってやつだね!」


「そう、それそれ」


 それも悪くない……本気であたしはそう思う。男になれたら、結乃と結婚できるのに。もちろん結乃は、お姫様に生まれ変わってね。


 二人で他愛なく笑い合っていると、突然窓の外が光り、直後、ドドーン、という地響きのような音が轟いた。


「きゃああああ」


 結乃があたしに抱きついてくる。あたしは手に持っているレモンティーのカップをテーブルにそっと置くと、結乃を優しく抱きしめた。


「ただの雷だよ。落ちやしない」


「そんなの分からないよお」


「落ちないって……」


 再び激しい落雷の音。一瞬にして、部屋の明かりが消えた。


「ほら美羅ちゃん、どこかに落ちたよ。電気も消えちゃった」


 結乃が顔を上げる。あたしは固まったまま、動けなかった。

 まさか停電するなんて。

 暗いのは、小さいころから苦手なんだ。

 心臓がきゅってなる。

 きゅってなったあと、ばくばく音を立てる。そして、体ががたがた震え出す。

 怖い。

 怖い……。


 結乃がぎゅっとあたしを抱きしめた。


「怖いよお、美羅ちゃん。お願い、私を離さないで」


 そう言いながら、あたしの背中を、ゆっくりとなでてくれる。


 小学校の修学旅行で、あたし、夜中に一人でトイレに行けなかったんだ。暗闇が、怖くて。

 怖くて仕方なくて、我慢してた。だけど我慢しきれずにどうしようかと思ったら、結乃が「私一人じゃトイレ怖いから、一緒に行ってくれる?」って言ってくれた。


「うん。離さないよ、結乃。結乃も、あたしを離さないで」


 小さい頃から、母さんも父さんも仕事が忙しくて、あたしは一人ぼっちだった。

 つまんなくて、さみしくて、でも一生懸命仕事を頑張っている母さんと父さんには言えなくて。


 あたしはいつも結乃を待ってた。

 あたしのお姫様が来るのを待ってた。

 さみしくても、素直になれない、弱虫な王子は、お姫様が救ってくれるのを、待ってた。


「電気、つかないね。美羅ちゃん、大丈夫?」


「大丈夫だよ。結乃がいるもん。結乃、いい匂いがする」


「入浴剤の匂いだよ。さっきお風呂、借りたから。美羅ちゃんこそ、いい匂いがするよ」」


「え? そう?」


「そうだよー」


 暗闇の中、結乃がふふっと笑ったのが分かった。

 直後、あたしのくちびるに、何かが触れる。やわらかい、甘い、なにか。

 全身に、雷みたいな、電流が走った。


「結乃」


「美羅ちゃん、大好き」


「え、ちょ、待、わあああっ」





 ――あらら、王子様がお姫様に押し倒されてしまいました。

 こんなことってあるのでしょうか。


 きっと、これはこれでよいのでしょう。

 二人さえよければ、いいのでしょう。いいのです。めでたし、めでたし。


 ご両親は、もうしばらく、帰ってこないようです――。 

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