第三十七話 商人のおじさーーーん!

「ヒノトリたんの卵っていつぐらいに孵化ふかするんですか!?」


「卵が……いつ孵化ふかするか? そ、そんなこと聞いてどうするんだ、坊主」


 しばらく考え込んでたクリスが目をキラッキラと輝かせて顔をあげるのを見てギュンターさんが顔を引きつらせた。クリスの質問にすぐに答えないようすからしてギュンターさんも僕と同じようにいやな予感がしているのだろう。

 ところが――。


「ポフーゾ街道の〝やきとり〟の卵のことかい? それならあと一週間くらいだろうってさ」


「〝やきとり〟の卵がかえるまでは俺らも足止めだ。一週間、のーんびり酒でも飲んで待とうって算段さ」


「あと一週間!?」


『商人のおじさーーーん!』


「商人のおっちゃーーーん!」


「あ、ああああ……あと一週間でヒノトリたんのヒナたんに会えちゃーーーう!?」


 宿に泊まってるお客さんで商人なおじさんたちがさらっと答えてしまうんだもの。クリスは絶叫するし、僕とギュンターさんも絶叫してしまう。クリスとは正反対の理由で絶叫してしまう。


「ギュンターさん、僕、ベガといっしょにヒノトリたんのヒナたんに会いにちょっとポフーゾ街道に行ってきますね! ヒノトリたんのヒナたんが僕になでなで、もみもみ、ぺろぺろされるのを待っているのでちょっと行ってきますね!」


『待って、落ち着いて、クリス。ヒノトリのヒナはたぶん、きっと、なでなで、もみもみ、ぺろぺろされるのを待ってないし、それに何より問答無用で僕を巻き込まないで!』


「待て、落ち着け、坊主。〝やきとり〟のヒナはたぶん、きっと、なでなで、もみもみ、ぺろぺろされるのを待ってないし、それに何より一週間後には次の停泊地に向けて出港しなきゃいけないんだぞ!」


『そうだよ、クリス! ルモント国の王様からの依頼はどうするの! ドラゴンに似た鳴き声の何かとか見たこともない色鮮やかな鳥とか他にもあんなのやらこんなのやらがいるとかいないとかっていう島に行くんでしょ!?」


「広い大陸に二羽しかいなくてめったに見られないヒノトリたん! だけど、ヒノトリたんの卵たんは動かない! 卵たんの前で待っていればヒナたんが卵たんから出て来る瞬間に立ち会える! ヒノトリたんのヒナたんをなでなで、もみもみ、ぺろぺろできちゃーーーう!」


「たしかにそうかもしれん! そうかもしれん、が! いい笑顔ですっくと立ちあがって、なんの準備もせずに夜の砂漠に出て行こうとするなーーー!」


『ていうか、クリス! ヒノトリって炎の羽をまとってるし、卵も炎をまとってるんでしょ!? それ、絶対にヒナも炎をまとってるじゃん! なでなで、もみもみ、ぺろぺろしたら火傷やけどするか、最悪、焼け死ぬパターンじゃん! 癒しの魔法ヒールを連発しないといけないパターンじゃん! やめてよーーー!』


「ヒノトリたんのヒナたーん! ヒノトリのヒナたーーーん!」


『やーめーてーよーーー!』


 目の色を変えて夜の砂漠に飛び出して行こうとする変態型クリスをギュンターさんが後ろから羽交い絞めに、僕が胸を鼻面で押して止めようとする。でも、そんなことで変態型クリスが止まるわけがない。筋肉モリモリのザ・海のオトコなギュンターさんをずるずると引きずり、ペガサスな僕をずるずると押して宿の玄関に向かおうとする。


「あんたたち、ここは食堂だよ! ジタバタドタバタするんじゃないよ! 料理にホコリが入っちまうだろ!」


 おかみさんに怒鳴られても、食堂にいる人たちにじろじろ見られても気にしないし止まらない。

 でも――。


「次の停泊地ってケペルー港だったよな、ギュンター」


「ペガサスがいるなら〝やきとり〟の卵がかえるのを見てからケペルー港に向かったってお前の船より先に着けるだろ」


 宿に泊まってるお客さんで商人なおじさんたちの言葉にピタリと動きを止めた。

 おじさんたちが親切で教えてくれたのはよくわかってる。よーーーくわかってる……のだけれども――!


「それじゃあ、ギュンターさん! ケペルー港で待ち合わせということで!!!」

 

『よけいなこと言わないでよ、商人のおじさーーーん!』


「よけいなこと言うなよ、商人のおっちゃーーーん!」


 目をキラッキラと輝かせ、これで何の憂いもなくなりましたね! と言わんばかりのドヤ顔で振り向くクリスを見て僕とギュンターさんは頭を抱えたのだった。

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