第三十六話 〝やきとり〟はめったに見られない
「このあたりは砂漠気候で乾燥してる。雨もめったに降らない」
宿の一階奥にある食堂のテーブルにつくとギュンターさんが話し出した。
「日中は夏ならかなり気温があがるし、冬でも上着がいらないほど暖かい。でも、夜になると一気に気温が下がる。夏でも冬でも関係なく、な」
「……その話、部屋を出る前に聞きたかったです」
ギュンターさんがにやりと笑ったのは半そで姿のクリスの腕に鳥肌が立っているのを見つけたからだ。
外を歩いていたときには強い日差しと砂ぼこりを避けるためにマントを羽織っていた。でも、宿に着いてからは脱いでしまっていた。それが日が暮れると一気に肌寒くなってきたのだ。
「日中に気温があがるのは炎の羽をまとった〝やきとり〟が飛びまわるせいだと言われてる。でも、〝やきとり〟は鳥目だからな。夜は飛ばない。だから、この時間は気温が下がるんだよ」
「〝やきとり〟たん、またの名をヒノトリたん! 気候にまで影響を及ぼすヒノトリたん! 尊い! なでなで、もみもみ、ぺろぺろしたい!」
『尊いと思うならなでなで、もみもみ、ぺろぺろしようとなんてしないでよ』
ギュンターさんの口から飛び出したお目当ての――恐らくは次の被害者になる動物の名前にクリスは一瞬で変態型に変形する。そんなクリスを見て僕はため息をついた。
「ほら、とりあえずこれを食べてあったまりな。ギュンター、そこに肩掛けがあるから持ってきておやり」
今日の夕飯を持ってきてくれたおかみさんもあきれ顔だ。ちなみにおかみさんがギュンターさんとクリスの前に置いたのはほかほかのスープらしきものだ。
『たしかにすっごくあったまりそうだけど……』
スープらしきものを見つめて僕は首をかしげた。
人間が作って食べる料理は国や土地によってずいぶんと違う。僕とクリスの故郷であるエンディバーン国で食べられている料理とルモント国で食べた料理もそこそこ違ったけど、おかみさんが運んできた料理はもっと違う。
豆や野菜をトマトベースのスープで煮込んでいるみたいだけど使われてる香辛料が独特。エンディバーン国だと嗅いだことのないニオイだ。異国感満載。
味はどうなんだろうとスプーンを口に運ぶクリスをじっと見つめる。
「ヒノトリたんは日中に飛ぶ……ハフハフッ! 飛んでるとこ、見たい……ハフハフッ!」
ヒノトリの話に気を取られて心ここにあらずな可能性もなくはないけど。しゃべりながらも次々に口に運んでるし、たぶん、きっと、おいしかったんだと思う。
「海風を嫌ってるらしくてこのあたりにはめったに来ないぞ。〝やきとり〟を見たいなら大陸の中央の方に行かないと」
「え!?」
「〝やきとり〟はこの世界に二羽しかいない。増えもしなけりゃ減りもしない。大陸は広い上に二羽のうちの一羽が卵になっちまったんだ。今、〝やきとり〟を見るのは難しいだろうな」
「そ、そんなぁ~~~!」
「まあ、今回はあきらめて次の機会に、〝やきとり〟を見るために来いって」
「そのときはまたうちに泊まっていきなね」
ハフハフとスープをほお張るクリスの食べっぷりを見て満足げに微笑みながらおかみさんが次の料理を運んできた。炭火でじっくり焼いたスパイスのニオイがする串焼きと平べったいパンらしきもの、それからいろいろな種類の野菜を小さく切って混ぜたサラダだ。
「大陸は広い……一羽は卵……」
「そうだよ、大陸は広い。二羽のときだってめったに見られないのに今、一羽は卵なんだ。だから、今回はあきらめろ。一週間後にはまた船に乗って次の停泊地を目指さなきゃいけないんだからな。ほら、食え」
ギュンターさんは串から抜いた肉とサラダを平べったいパンに乗っけて折りたたむとクリスの目の前にずいっと突き出した。
「二羽のときだって……もぐっ……めったに、見られな……もぐっ」
ギュンターさんから受け取った肉とサラダを平べったいパンではさんだものをもぐもぐと食べながらクリスが黙り込む。何かを考え込んでいるらしいクリスに胸がざわざわする。いやな予感がする。
子育て中のママさんや乳母さんが集まるとよく言ってた。
――本当、子どもが静かにしてるときってろくなことがないのよね。
まさに今、その気持ちだ。嵐の前の静けさ。黙り込む変態型クリスが怖い、怖すぎる。
案の定――。
「ギュンターさん……ギュンターさん! ギュンターさん!」
「な、なんだ、坊主」
いきおいよく顔をあげたクリスの目がキラキラと輝いているのを見て僕は天井を仰ぎ見た。ああ、これはたぶん厄介なことになる。
「ヒノトリたんの卵っていつぐらいに
たぶん、きっと、絶対に厄介なことになるーーー!
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