第三十五話 へたうまな図鑑や絵本
動物を見るとなでなで、もみもみ、ぺろぺろしようとする迷惑な変態なものだから忘れそうになるけど、クリス・ブルックテイラーは高名な動物画家だ。
クリスを一躍、有名にしたのは五才の時に描いた〝湖上にたたずむペガサス〟という絵。この世界でごく身近な生き物であるペガサスを題材に神々しく幻想的に、今にも動き出しそうなほど本物そっくりに描いちゃったものだから世界的な美術コンクールやらなんやらで大絶賛された。
クリスいわく、この世界の絵は〝てんせい〟前の世界で言うところの〝ろまねすく〟時代に描かれた〝へたうましゅうきょうがふう〟みたいな感じの絵……らしい。
〝へたうましゅうきょうがふう〟という言葉の意味は僕にはよくわからない。ペガサスだからなのか、〝てんせい〟前の世界を知らないからなのかはわからないけど、とにかくよくわからない。
ただ――。
「へたうま過ぎて……へたうま過ぎてヒノトリたんがどんな姿をしてるのかわからない……全っっっ然、わからない……!」
『そうだね。これじゃあ、さっぱりわからないね』
ヒノトリについて書かれた図鑑や絵本をテーブルやらベッドやらにこれでもかと広げたあと、頭を抱えて絶望し始めたクリスを見つめて僕は深々とうなずいた。参考までに図鑑のペガサスのページを見てみたけど……うん、これじゃあ、さっぱりわからないね。
「ヒノトリたんは炎の羽をまとった大きな鳥で、不死だと言われてる。寿命が近くなると炎をまとった卵を産んで、その炎にみずから飛び込んで死ぬ。でも、産まれたヒナは死んだヒノトリたんの記憶を受け継いでいるから実質、不死……らしい」
図鑑や絵本に書いてある内容をまとめるとそういうことになるらしい。
「ヒノトリたん、転生前の世界で言うところの不死鳥やフェニックス、火の鳥みたいなものなのかな?」
『〝ふしちょー〟? 〝ふぇにっくす〟? ていうか、ヒノトリはヒノトリでしょ? ん? え? どういうこと?』
首をかしげるクリスの横で僕も首をかしげた。
でも、まあ――。
「不死鳥、ハァハァ……フェニックス、ハァハァ……火の鳥、ハァハァ……!」
クリスが変態型に変形しちゃうような動物だってことはわかった。よーくわかった。
『調べ物がすんだんならとりあえず本を片づけたら? よだれが出てるよ? よだれで本を汚しちゃうよ?』
落ち着けと言うように鼻でぐいぐいと変態型クリスの背中を押していた僕だったけど聞き覚えのある声と足音にピン! と耳を立てた。足音は宿の二階の奥にあるこの部屋へと近づいてくる。
「坊主、ペガ公、いるかー?」
部屋のドアをノックする音のあと、ギュンターさんの声が聞こえてきた。
でも――。
「不死鳥、ハァハァ……フェニックス、ハァハァ……!」
「おーい、坊主ー」
『おーい、クリスーーー』
「火の鳥、ハァハァ……ヒノトリたん、ハァハァ……!」
絶賛変態型に変形中のクリスは返事をしないどころかギュンターさんの声に気が付いてもいない。これはいくら待っても背中を鼻面で押してもダメだろう。
僕はため息をついてドアについているカギを開けにかかる。
『人間の手で開けるように作られたカギを……ペガサスの僕が、口で開けるのって……結構、大変なんだけ、ど……!』
なんて文句を言っているうちに無事に開いた。あとは輪っか型のドアノブをくわえて引っ張るだけ。開いたドアの目の前にペガサスな僕、部屋の奥に変態型クリスがいるのを見てギュンターさんは目を丸くした。でも、すぐに事情を察したらしい。
「今日も元気に坊主の子守りか。お前も苦労するなあ、ペガ公」
ギュンターさんはそう言って苦笑いで僕の首をなでた。
本当にそうだよ。ほめて。ペガサスなのに子守りをがんばってる僕をもっとほめて。
「そろそろ夕飯の時間だから呼びに来たんだが……」
「図鑑や絵本を見てもわからないなら……やっぱりポフーゾ街道に行かなくちゃ……ヒノトリたんに……ハァハァ……ひ、ヒノトリたんに会いに行かなくちゃ……!」
「……聞いちゃいねえな」
『うん、まったく聞いてない』
肩をすくめるギュンターさんのとなりで僕も盛大にため息をつく。
「〝やきとり〟が卵を産んじまってポフーゾ街道が使えなくなったって顔なじみの商人から聞いて坊主の耳に入らないといいなと思っていたが……こりゃあ、完全に手遅れだな」
『うん、手遅れ』
苦笑いするギュンターさんのとなりで僕は盛大にげんなり顔になる。表情を見て僕が何を考えているのか察してくれたのだろう。なぐさめるように僕の首をなでたあと、ギュンターさんは腰に手をあててため息まじりに言った。
「ほら、坊主。さっさと食堂に来い。メシを食いながら〝やきとり〟の話をしてやるから」
「〝やきとり〟の……ヒノトリたんの話……! 行く……行きます! ヒノトリたんの話、聞きに行きます!」
「本来の目的はメシを食うことで〝やきとり〟の話はついでだぞ、坊主」
「ヒノトリたん……! ヒノトリたんの話……!」
目をキラキラと輝かせて大人しく……ではないけれどギュンターさんのあとにくっついていくクリスを見て、僕はしみじみと思った。
さすがはギュンターさん。さすがは船長さん。約一か月、船でいっしょに暮していただけのことはある。クリスの操縦はお手の物だ。
いや、もう本当に――。
『ありがとう、ギュンターさん! 助かる! 子守りをしてくれる人が僕以外にもいるってすっごく助かるーーー!』
「なんだ、なんだ。どうした、ペガ公」
背中にグイグイと鼻面を押し付けるとギュンターさんはケラケラと豪快な笑い声をあげたのだった。
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