第三十四話 ギュンターさんの実家なお宿

「おや、パディ。よく帰ってきたね。そっちの坊やとペガ公も入んな。バカ息子から話は聞いてるよ」


『しばらくお世話になります』


「〝やきとり〟たん、もとい、ヒノトリたんについて書かれた図鑑や絵本を……ヒノトリたんについて書かれた図鑑や絵本を……ハァハァ!」


『クリスーーー!』


 初対面だって言うのに! 船が出港するまでの一週間ほどお世話になるっていうのに! 変態型クリスはあいさつもお礼も言わずにギュンターさんのお母さんな宿のおかみさんの肩をガシリとつかんでハァハァと変態吐息を吹きかけた。


 ここはギュンターさんの実家にして、今日から一週間ほどお世話になる予定の宿の受付前。石灰やワラを混ぜ合わせた泥で壁も床も天井も作られたお宿は受付前も廊下も広々としているし花瓶とか置き物とかもない。たぶん、部屋も広々としている。体の大きなペガサスな僕にも親切設計のお宿だ。

 できることなら追い出されたくない。親切設計のお宿に泊まりたい。


 というわけで――。


「ヒノトリたん……ひ、ヒノトリたん……ハァハァ!」


『だから、ちゃんとあいさつしてよ! 変態吐息をおかみさんに吹きかけないでよ、クリスーーー!』


 ハァハァと変態吐息を吐くクリスのえり首をくわえて僕はパカパカと地団駄を踏んで抗議した。

 筋肉モリモリのザ・海のオトコなギュンターさんのお母さんなだけあってかっぷくの良いおかみさん。目を丸くして変態型クリスを見つめたあと――。


「まずはあいさつと自己紹介。それから〝貸してください、お願いします〟……だろ?」


 えり首をつかんでひょいと持ち上げるとにーーーっこりと微笑みかけた。クリスはと言えば突然のことに目を丸くしたあと――。


「しばらくお世話になります、クリス・ブルックテイラーです」


『変態型クリスが人型クリスに戻った! 礼儀正しくお辞儀したー!』


 えり首をつかまれて宙ぶらりんのまま、ぺこりと頭を下げた。変態型に変形するとちょっとやそっとじゃ人型に戻らないのに!

 驚きと感激に目をうるませていた僕だったけど――。


「そ、それで……ひ、ヒノトリ……ヒノトリたんについて書かれた図鑑や絵本を……ハァハァ……ヒノトリたんについて書かれた図鑑や絵本を貸してください!」


『あ、目的のために人のフリを一瞬、しただけのただの変態だった』


 すぐさま本性をあらわにするクリスを見てガックリと肩を落とす。まあ、クリスの変態が簡単に治るわけないよね。

 おかみさんはと言えば肩をすくめて苦笑いした。


「まあ、ギリギリ及第点か。パディ、バカ息子の部屋から適当な本をみつくろって持ってきてやっておくれ。坊やとペガ公はこっち。部屋に案内するよ」


『ありがとうございます!』


「ひ、ヒノトリたん……ハァハァ……ヒノトリたんについて書かれた図鑑や絵本……」


『おかみさんの話、聞いてた? クリスはこっち!』


 本を取りに行くパディさんについていこうとするクリスのえり首をくわえてずるずると、どうにかこうにか引きずる。

 ペガサスの僕は人間よりもずっと耳がいい。宿にはすでに何人ものお客さんが泊まっている。掃除は行き届いているし、ペガサスな僕も楽々歩けちゃう親切設計のお宿だけど、残念ながら防音機能には乏しいみたい。二階の部屋にいても一階で誰かが騒げばしっかりばっちり聞こえちゃうみたい。

 そんなわけで――。


「ヒノトリたーーーん! ヒノトリたんについて書かれた図鑑や絵本ーーー!!!」


『もーーー! 恥ずかしいから叫ばないでよーーー!』


 クリスの絶叫に驚いて、とあるお客さんはかたまり、とあるお客さんは飛び起きる気配に僕は耳をパタパタさせ、パカパカと地団駄を踏んで叫んだのだった。

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