第三章 ポフーゾ街道・やきとり編

第三十三話 〝やきとり〟って何!?

 ――とある島に調査団を派遣するのだがクリス殿にも記録係として同行していただきたいのだ。


 ルモント国の王様にそう依頼されて、筋肉モリモリのザ・海のオトコなギュンターさんの船に乗り込んで、クラーケンさんが手をうねうねさせているユーグフ海峡を抜けてようやく最初の停泊地に到着した。ルモント国の北方にある港を出てから一か月が経ってる。

 久々の揺れない地面にばっさばっさと真っ白な羽を広げて小躍りしていたペガサスな僕だったけど――。


「おい、聞いたか。ジャハメー王国に伸びるポフーゾ街道。あそこがしばらく使えそうにないんだってさ」


「なんだ、なんだ。戦争か? 盗賊でも出たか?」


「いんや、〝やきとり〟が道のど真ん中に卵を産んじまったんだってさ」


「何……何、何……? 〝やきとり〟って何!? 卵、産んじゃったってことは生き物? 動物!? ねえねえねえねえ、〝やきとり〟って……ハァハァ……や、〝やきとり〟って何かな……!?」


 ギュンターさんの故郷である港町で、ギュンターさんの実家である宿に向かう途中に聞いた商人だろうオジサンたちの世間話に、一瞬で変態型に変形したクリスを見てげんなりとした顔になる。真っ白な羽もげんなりと閉じる。

 でも、のんきにげんなりしてる場合じゃない。


「ジャハメー王国……ポフーゾ街道……どっち……ど、どどどどどっちで〝やきとり〟たんは僕を待っているの? 僕になでなで、もみもみ、ぺろぺろされるのを待っているの!?」


『ふらふら、どっか行こうとしないでよ、クリス! たぶん、ポフーゾ街道目指してふらふら明後日の方向に行こうとしてるんだろうけど行こうとしないでよ、クリス! たぶん、きっと、そっちの方向じゃないから行こうとしないでよ、クリスーーー!』


「放して……放すんだ、ベガ! 〝やきとり〟たんが……〝やきとり〟たんが僕のなでなで、もみもみ、ぺろぺろを待っている!」


『待ってない! 絶対に待ってないからーーー!』


 えり首をくわえてどうにかこうにか変態型クリスをどうにかこうにか止める。引きずってでも今日、お世話になる予定のギュンターさんの実家な宿に連れて行きたいところだけど……うぐぐぐぅー! 変態型クリスの馬鹿力、やっぱりすごい! ペガサスの僕がずるずる引きずられてる!

 このままだとポフーゾ街道の方向も距離もわからないまま、変態型クリスと行く〝やきとり〟を探す明後日の旅が始まってしまう! 僕とクリスの故郷であるエンディバーン国から遠く離れた土地で変態型クリスに引きずられて、さまよって、野垂れ死ぬことになってしまう!

 なんて、骨になった自分とクリスを想像して青ざめていた僕だったけど――。


「クリスさんはエンディバーン国のご出身でしたよね。でしたら、〝やきとり〟をご存知なくても仕方ありません」


 ギュンターさんの船でコックをやっていたパディさんがそう言うのを聞いて、ハッ! と目を見開いた。


『ごめんね、パディさん! クリスと僕を宿まで案内するようにギュンターさんに言われてるのに変態型クリスが明後日の方向に行こうとするもんだから全然、宿にたどりつけなくて! 本っっっ当にごめんね! 全部、変態型クリスのせいだから! クリスが悪いんだから!』


「パ、パディさんは……ハァハァ……パディさんは〝やきとり〟たんとお知り合いで!?」


 ペガサスな僕の言葉はクリスにも、もちろんパディさんにも伝わらない。だから、人間同士で言葉が通じるはずのクリスにあやまってもらいたいところなんだけれど、もちろん変態型クリスはあやまらない。それどころかパディさんの肩をガシリとつかんでハァハァと変態吐息を吹きかけている。


「お知り合いではないですが……このあたりではペガサスやウミネコ、カモメやハーピーと同じくらい当たり前に話に聞くし、話に出る名前です。〝やきとり〟というのは通称で図鑑にはヒノトリという名前で載っています」


「ヒノトリたん、ハァハァ……どんな動物なのかな、ハァハァ……」


 顔面に変態吐息を浴びせかけられてパディさんはのけぞりながらも答えた。


「宿に……ギュンターさんの実家に行けば〝やきとり〟について書かれた図鑑や絵本があると思いますよ」


「よし、行こう! 今すぐ行こう! 宿に行こう!」


 パディさんの言葉を聞くなり〝やきとり〟を求めて明後日の方向に旅立とうとしていた変態型クリスはちょっとだけ人型クリスに戻るとギュンターさんの実家な宿に向かって歩き始めた。目をキラッキラさせてずんずんと歩いて行く背中をひとしきり見つめたあと――。


『ありがとう! パディさん、クリスを上手に説得してくれてありがとう!』


「うわっ! な、なんですか? くすぐったい……くすぐったいですよ、ベガさん!」


 パディさんの肩にグイグイと鼻面を押し付けたのだった。

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