閑話 十才の動物画家と商人④

「……以上がシミュレーション結果だ。やはり〝まんちかん〟を商品化するのはやめておこう。……かわいい弟を喜ばせたい気持ちはわかるが商人としての――ブルックテイラー家の沽券に関わる。自重しろ」


 ペガサスの僕は人間よりもずっと耳がいい。そんな僕の耳がピクリと動いて、クリスお兄さんと話すクリスお姉さんの声に反応した。

 何の話をしてるんだろう?

 首をかしげてると――。


「ところでクリスはどこに行った? ……しかたない、探してこよう」


 なんて話が聞こえてくる。僕はあわててダヴィくんとの動物あてクイズにすっかり夢中になってるクリスの背中をグイグイと鼻先で押した。


『クリス、クリス!』


「どうしたの、ベガ?」


『クリスお姉さんが呼んでるよ。王様の招待でパーティに来たのにちょっとサボりすぎちゃったんじゃない?』


 僕のようすにハッと目を見開いたのはクリスじゃなくてダヴィくんの方。


「どうしよう、ちょっとのつもりだったのに……!」


『たっぷり動物あてクイズしちゃったね』


「クリス、僕、戻る。お父さん、きっと探してる」


「えぇ~! もっとダヴィくんの国にはたくさんいるけどこの国にはいない動物たんの話、聞きたかったのに~!」


『いやいやいや、クリスもクリスお姉さんが探してるからそろそろ行かなきゃだよ?』


 十才とは思えないくらい思い切りよくふてくされるクリスにダヴィくんはそれでもうれしそうににっこりと微笑んだ。


「僕ももっとクリスと話、したかった。クリスと話すの、楽しい。……あそこの人たち、カノアスから連れて来た動物より僕の方が気になるみたい」


 あそこの人たち、と言ってダヴィくんが指さしたのはパーティ会場だ。

 ダヴィくんはエンディバーン国領カノアスからやってきたと言ってた。エンディバーン国領とはつまりエンディバーン国の植民地ということ。褐色の肌に黒い髪とこの国では目立つ見た目をしてることもあって好奇の目で見られたし、ぶしつけな質問なんかもされたのだろう。


「だから、クリスと話すの楽しかった。クリス、普通に話してくれるから。僕より動物の方が気になるみたい」


『僕としては人間のお友達のことももう少し気になってほしいんだけど』


「もちろん! だって、もふもふな動物たんはもふもふしてて素敵だし……ツルツルな動物たんはツルツルしてて素敵だし……ぬめぬめな動物たんはぬめぬめしてて素敵だし……ハ、ハァハァ……!」


『僕としては人間のお友達のことこそもっと気になってほしいんだけど!』


 ダヴィくんの言葉を否定もせずに変態型に変形し始めるクリスに僕はパカパカと地団駄を踏んだ。

 でも――。


「……でも、ダヴィくんと話すのも楽しかった。だから、これ、全部あげる!」


 どうやらクリスもクリスなりにダヴィくんとの時間を楽しんでいたらしい。変態型に完全変形する前に人型に戻ると持っていたスケッチブックを丸ごとダヴィくんに差し出した。動物あてクイズに使ってたスケッチブックだ。

 ダヴィくんが目をキラキラさせながら何度もうなずくくらい大アタリだった絵もあれば、苦笑いで首を横にふったり涙が出るほど大笑いするくらい大ハズレだった絵もある。

 後ろからめくって思い出し笑いをしていたダヴィくんは――。


「そういえば、この猫みたいな絵は? 僕がここに来たとき、クリス、この猫の絵たくさん描いてた」


 最初の方に描かれてる絵を指さして首をかしげた。


『あぁ、〝まんちかん〟の絵。今、クリスの中で〝まんちかん〟ブームが巻き起こってるからね。腐るほど描きまくってるんだよね』


 ちなみに五才のときはペガサス、六才のときは〝かぴばら〟さん、七才のときはケルベロスさん、八才のときは〝あざらし〟さんで、九才のときがはドラゴンさんがマイブームだった。

 ていう話は置いといて――。


「猫みたいっていうか猫だよ。マンチカンっていう種類の足が短い猫」


「〝まんちかん〟、この国にいる? カノアス、連れて帰りたい。きっとカノアスの人も、カノアスに住んでるエンディバーン国の人たちも、かわいいって言う! ほしいって言う!」


 〝まんちかん〟ブームはダヴィくんにも飛び火してしまったらしい。目をキラキラと輝かせるダヴィくんに反してクリスはしょんぼりと肩を落とした。


「この国……っていうか、この世界にはいないと思う。短い足の猫同士をかけあわせて作られた種類の猫なんだけど今のところ、この世界ではいるって話、聞いたことない」


『て、クリスー! それは完全にアウトなんじゃない!? 〝前世の記憶にあるモノ〟の話は家族や僕以外に話しちゃダメってクリスお姉さんとの約束、破っちゃってない!?』


「〝まんちかん〟、クリスが考えた?」


 青ざめる僕をよそにきょとんと首をかしげたダヴィくん。だまりこんでうつむいた。

 そして――。


「短い足の猫を……かけあわせる」


 そう真剣な表情でつぶやいてゆっくりと顔をあげた。かと思うと、クリスに向かってにっこり微笑んだ。


「クリス、〝まんちかん〟、手に入れたら手紙送る。僕の家――ナシメント家、珍しい動物の商人。絶対、〝まんちかん〟、手に入れられる」


「ほ、ホント!?」


「ホント。今度は〝まんちかん〟といっしょ、クリスのところに遊びにいく。約束」


「た、楽しみにしてる……楽しみにしてるよ、ダヴィくん! 約束!」


 そう言いながらクリスが立てた小指を差し出すのを見てダヴィくんは目を丸くした。


「クリス、これは?」


『ダヴィくんは知らないよね』


 だって、〝ゆびきり〟はクリスの〝前世の記憶にあるモノ〟の一つ。知ってるのはクリスの家族と僕くらいなものなんだから。


「指切りだよ。約束のしるしに……こうするんだ。指切りげんまん、うそついたら針千本飲ーます! 指きった!」


 小指と小指をからめて二度、三度と腕を振ったあと、クリスは小指を離した。クリスが歌うように言った言葉の意味を飲み込んでダヴィくんはみるみるうちに青ざめた。


「うそついたら……針を千本、飲み?」


「本当に飲ませたりしないから大丈夫。そういう歌なだけ。昔は小指を切ったりしたらしいけど今はそれもしないし」


「小指、切る!?」


『昔はやったの!?』


 ていうか、クリス――。


『しれっとクリスお姉さんとの約束、破っちゃってるけど大丈夫? ねえねえ、大丈夫?』


 なんて心配する僕をよそにダヴィくんはクリスにもらったスケッチブックを胸に抱きしめて駆け出した。


「それじゃあ、クリス、またね! 〝ゆびきりげんまん〟!」


「うん、指切りげんまん! またね、ダヴィくーん!」


 腕を振りながらパーティ会場へと戻っていくダヴィくんをクリスも大きく腕を振って見送った

 と――。


「クーリス、ベーガ。見つけたよ」


「ぎゃーーー! ごめんなさい! 猫たんは描けても人間はへのへのもへじにしかなりませーーーん! ……て、ザラ姉さま?」


『ぎゃーーー! 気配ー! 気配がなかったーーー! ……て、クリスお姉さん?』


 背後から急に声をかけられた僕とクリスはそろって悲鳴をあげた。

 魔法使いのクリスお姉さんは気配もなく、空間移動魔法とかってのを使って目の前に現れることがある。空間移動魔法を使うには条件があるから神出鬼没ってわけじゃないらしいけど、その条件とやらの詳細を知らない僕からしたらやっぱり神出鬼没。突然、現れたようにしか見えないし、とっても心臓に悪い。


「びっくりするからやめてくださいって何度も言ってるのに!」


『そうだよ、クリスお姉さん。心臓が止まるかと思ったよー!』


「約束を守れないのはお互い様じゃないかな、クリス」


 にっこり微笑んでるけど目は少しも笑ってないクリスお姉さんにヒェッと僕は首をすくめた。当のクリスはと言えばなんのことだかわからなくてきょとんと首をかしげてる。

 でも――。


「私たち家族とベガ以外に〝前世の記憶にあるモノ〟の話をしてはいけない。〝まんちかん〟は〝前世の記憶にあるモノ〟じゃなかったかな?」


「そ、それは……」


 クリスお姉さんが立てた小指を差し出すのを見てみるみるうちに青ざめた。


「それなのにあの子に〝まんちかん〟の話をした上、絵まで渡してしまった。私たち家族とベガ以外の誰かに話したら大変なことになるかもしれない、と言っておいたのに」


「あ、あの……ザラ姉さま……」


「あぁ、もちろんわかってるよ。クリスが私との約束をわざと破るような子じゃないってことは。私のかわいい弟はうっかりさんだ」


 クリスの額を人差し指でツンとつついてクリスお姉さんはにっこりと微笑む。目が笑ってない、家族としてではなく商人としてのにっこり顔だ。


「あの子が何も行動を起こさなければ何の問題もない。もし、何か行動を起こしたとしてもかわいい弟のうっかりは姉である私がきちんとフォローするよ。大丈夫」


 ささやくようにそう言ってクリスお姉さんは貼り付いたようなにっこり顔を浮かべ続ける。クリスお姉さんの表情に僕はおろおろとダヴィくんが去っていった方向に目やら耳やらを向けた。

 これは、もしかしたら――。


『僕たち、とってもまずいことをしちゃったかもしれないよ、クリス』

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