閑話 十才の動物画家と商人③

「はじめまして。僕、ダヴィ・シルバ・ド・ナシメント、言います」


「だ、ダヴィ……シルバ・ド……?」


「ダヴィと呼んでください。エンディバーン国領カノアスから来ました。僕のお父さん、商人です。この国にも商売のために来ました。今はヘンダーソン伯爵の家の離れたところ、お借りしてます」


「ヘンダーソン伯爵……?」


『お客様用の離れに泊ってるってことかな?』


「ヘンダーソン伯爵、この国の貴族で知らない人いない……そう聞きました。クリス、貴族、違う?」


『あー、ごめんね。クリス、興味のないことはまったく覚えない上に世間知らずの箱入り息子だから。ペガサスな僕ですら知ってる有名貴族さんの名前も知らないんだよ。お恥ずかしい……』


 なんて、ため息をつくペガサスな僕が何を言ってるのかは人間のクリスにも褐色の肌、黒い髪の異国の少年――ダヴィくんにも伝わらない。少年二人は首をかしげつつ、疑問を残しつつ、会話を続ける。


「クリス、どうしてここに? クリス、パーティで見た。たくさんの人と話してた。ここにいていい?」


「え、えっと……」


『いいか悪いかで言えばあんまりよくないよね』


「……でも、疲れちゃって……その……」


 言いよどむクリスに目を丸くしたダヴィくんだったけど、そのうちに同情するような苦笑いを浮かべた。


「疲れる、わかる。僕もたくさんの人と話すの、ちょっと疲れた。だから、あそこからクリスとペガサス見えて、こっち来た」


 ダヴィくんが指さしたのはバルコニー。たしかにバルコニーの端っこの端っこからならこの石造りの東屋はギリギリ見えるだろう。


『そっかそっか、ダヴィくんも人疲れしちゃったか。それならゆっくりしていくといいよ。ついでにクリスとお友達になってくれるといいな』


「そっかそっか、ダヴィくんも人疲れしちゃったんだ。それならゆっくりしていくといいよ。僕は一人で絵を描いてるから」


『クリーーース! 友達フラグを速攻で叩き折ろうとしないのー!』


 パカパカと地団駄を踏んで抗議する僕だったけどダヴィくんは人懐っこい笑顔でクリスの隣に座る。


「クリス、猫、好き?」


「猫たんもドラゴンたんも、動物ならなんでも好きー。もちろんペガサスたんも大好きだよ。ねー、ベガー」


「そう、クリス、動物好き!」


 絵を描く邪魔にならないように気を付けながら手元をのぞきこんでニコニコと話を続ける。どうやらお友達チャンスは続くようだ。僕はほっと息をついた。

 のも束の間――。

 

「僕のお父さん、商人。僕の国にはたくさんいる、でもこの国にはいない動物、たくさん連れて来た」


「ダヴィくんの国にはたくさんいるけど……この国にはいない動物……?」


 ダヴィくんの話にクリスの目の色が変わる。


「ど、どどどど……どんな動物たん? どんな動物たんをつ、つつつつ……連れて来たの、ハァハァ……!」


「ど、動物……たん?」


「お、教えて……どんな動物たんなの、教えて教えて……ハァハァ……!」


 変態型に変形して変態吐息を吐き始めたクリスにダヴィくんは目を丸くして、僕は深々とため息をついた。

 今度こそ、友達フラグは折れちゃったかなーとうなだれる僕だったけど――。


「教える、大丈夫。でも……どうしよう。この国で動物たち、なんて名前で呼ばれてるか僕、わからない」


『ダヴィくん、ありがとー! 変態型クリスにドン引きしてるだろうに話を続けてくれてありがとー!』


 どうやらお友達チャンスはまだまだ続くようだ。ダヴィくんの優しい対応に僕は目をうるうるさせた。

 ダヴィくん、クリスと同じ年頃とは思えないくらい良くできた子! 大人な子!


「それなら見た目とか色とか、特徴を教えて! 僕が絵に描くから!」


「うん、わかった!」


『なんだかお友達同士で遊んでるっぽい感じになってきた気がするー。僕、ペガサスだから人間のお友達同士が何するのかよくわかんないけど……なってきた気がするー!』


 クリスとダヴィくんがそろってスケッチブックをのぞきこむのを眺めながら、クリスの相棒にして親友にして子守り役なペガサスの僕はにんまりにまにまと口元を緩めた。


「それじゃあ、まずはトゥカーノ。これは鳥。大きな鳥。黒色。でも、顔の下と……このあたり」


『のどのあたり?』


「このあたりは白。それとくちばし。とっても大きくてオレンジ色!」


「とっても大きくて……オレンジ色のくちばし? それって……そ、それってもしかして……!」


 なんて変態吐息を吐きながらクリスはシュババババッ! と鳥の絵を描きあげると――。


「オ、オオオ……オニオオハシ……オニオオハシたんのことだったりしない? オニオオハシたんのことだったりしない、ハァハァ……!」


 ジャジャーン! と、スケッチブックをダヴィくんに掲げて見せた。その絵を見た瞬間、ダヴィくんは目をキラキラと輝かせて拍手する。


「クリス、すごい! すごいです! トゥカーノ! とっても上手! とっても速い! クリス、すごい! 高名な動物画家というクリス・ブルックテイラーにだって負けない!」


『あ、ダヴィくん、気が付いてないんだ。ご本人なんだよ。高名な動物画家っていうクリス・ブルックテイラーご本人なんだよ』


「オニオオハシたん……テレビと図鑑でしか見たことなかったオニオオハシたん……この世界にはいないと思ってたのに……じ、実在する……オニオオハシたん、実在する……!」


「この国ではトゥカーノ、そう呼ぶんだ! クリス、この絵ほしい! ここにおに、おにおー……?」


「オニオオハシたん!」


「おにおーはしたん! ここに書いてほしい、おにおーはしたん!」


「いいよー」


「おにおーはしたん! この国の人に言うときは、おにおーはしたん!」


『あー、ダヴィくん、ダヴィくーん。〝たん〟はよけいかなー。〝おにおおはし〟さん、かなー。あと、たぶん、エンディバーン国では〝おにおおはし〟って呼ばないだろうし、初めて見る鳥だろうし、〝おにおおはし〟ってクリスの〝てんせい〟前の世界にいた〝とぅかーの〟に似た鳥の名前なんじゃないかなー』


 ……あれ?

 でも、そうだとすると――。


『〝前世の記憶にあるモノ〟の話は家族や僕以外に話しちゃダメってクリスお姉さんとの約束、破っちゃってる……?』


「次! 次は何、ダヴィくん!」


「それじゃあ、次は……ウァンカー!」


 首をかしげる僕をよそにクリスとダヴィくんは動物あてクイズを続行する。

 まぁ、〝おにおーはしたん〟だけでクリスが転生者で〝前世の記憶にあるモノ〟の話をしてるなんて思わないだろうし。

 ……大丈夫、かな?

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