閑話 十才の動物画家と商人②

『ねえ、クリス。こんなところにいていいの?』


「そうだよね、ベガ。早く帰りたいよね。ベガのことを会場にも入れてくれないなんて……僕もさっさと帰りたいよ」


『僕は別に気にしてないけど。ペガサスがパーティ会場に入れるなんて最初から思ってないし。羽広げた拍子に背の高いケーキを倒しちゃったり、後ずさった拍子にご婦人のドレスのすそを踏んじゃってパンツ丸見えとかイヤだし。もう二度とごめんだし」


「お姉さまかお兄さまに声をかけられればベガの背中に乗ってさっさと帰っちゃうのに」


『二人とも人だかりの中心にいて話しかけられないもんね。……そういうクリスだって人だかりの中心にいたじゃない』


 ていうか、人だかりの中心になっちゃったからこそ、げんなりした顔でこんなところに避難してきたんだろうけど。

 ちなみにこんなところっていうのは裏庭にひっそりと建ってる石造りの東屋のこと。

 ペガサスな僕は本来、他のペガサスや馬といっしょに厩舎きゅうしゃで待ってないといけない。でも、高名な動物画家であるクリスが大切にしてる僕を他のペガサスや馬といっしょにはしてはおけないと謎の忖度そんたくが働いた結果、パーティ会場に近くてキレイに手入れされた裏庭にひっそり建ってる屋根付き石造りの素敵東屋につながれることになったのだ。


『んでもって、人だかりに疲れたクリスも素敵東屋に避難してきちゃった、と』


「だって、絵をほめてくれてたかと思ったら私の絵を描いてくれとか奥さんの絵を描いてくれとか娘の絵を描いてくれとか。結局、肖像画を描いてくれって話になるんだもん」


『クリス、人間に興味ないもんね。〝へのへのもへじ〟を量産しちゃうことになるもんね』


「へのへのもへじを描いてまたブチギレられるのはイヤ。ものすごーくイヤ」


『そうだね、一生懸命に描いたのにブチギレられるのはイヤだもんね』


 えっぐえっぐと泣きながら、クリスはスケッチブックにシュババババッ! と気晴らしの〝まんちかん〟の絵を描いていく。そんなクリスの隣に腰をおろし、僕はなぐさめるように鼻先で背中をグイグイと押した。


「前世は幼稚園も小学校も中学校も一日も通えなくて、入院してた子たちも小さかったり、すぐに退院しちゃったり、僕の体調が悪かったり……友達と遊んだ記憶って全然ないんだ。だから、そういうこともしてみたいなって思ってたんだけど……」


『〝高名な動物画家のクリス〟と仲良くなりたい大人ばっかりだもんね、近付いてくるの』


「同い年の女の子があいさつしに来たなって思ったら婚約者にどうですかって話ばっかりだし」


『あ~、そういうパターンもあるのか』


「同い年の男の子があいさつしに来たなって思ったらどんな話をしたらいいか何をしたらいいか、さっぱりわかんないし」


『あぁ~~~、そういうパターンもあるのかぁ~』


「……ベガにするみたいになでなで、もみもみ、ぺろぺろしたらいい?」


『僕にもしちゃダメだし、人間のお友達にするのはもっとダメだと思うよ。……どうしよう、この子。前世と合わせて二十三年くらい人間として生きてるはずなのにビックリするくらい人間のお友達との付き合い方を知らない! どうしよう、やだ、こわい……!』


「人間としゃべるの疲れるよー。おうちに帰りたいよー」


 震える僕をよそにクリスはえっぐえっぐと泣きながら〝まんちかん〟の絵をシュババババッ! と描き続ける。

 と――。


「その絵、猫……ですか?」


「ぎゃーーー! ごめんなさい! 猫たんは描けても人間はへのへのもへじにしかなりません!」


 背後から急に声をかけられてクリスはポーンと絵筆とスケッチブックを放り投げた。そんなに驚かれるなんて思ってなかったのだろう。


「ぎゃーーー! ごめんなさい! 声、急にかけた! ごめんなさいー!」


 声をかけた張本人も悲鳴をあげて飛び退いた。

 びっくりして僕の首にしがみつくクリスの背後にいたのは、びっくりして小さくなってる褐色の肌、黒い髪の少年。クリスと同じ年頃だろう異国の少年だった。


「あ、あの……猫の絵、描いてるのが、見えて……ペガサスがいるのも見えて……それで、絵、見せてほしい……ペガサス、なでさせてほしいって……それで、声……」


 ビクビクしながら声をかけた理由を話す異国の少年にクリスはまだ警戒してるようす。だけど、ペガサスな僕は人間よりもちょっとだけ長い首を伸ばして期待にちょっとだけ目を輝かせた。


『もしかして……クリスに人間のお友達ができちゃう予感!?』


 なんて叫んでちょっとだけ目を輝かせたのだった。

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