閑話 十才の動物画家と商人①
これはただの迷惑な変態こと、高名な動物画家のクリス・ブルックテイラーと。
クリスの相棒にして親友にして一番の被害者なペガサスの僕・ベガが十才だった頃のお話――。
「私のかわいい弟、クリスよ。なんの絵を描いているんだい?」
『顔は猫だけどとんでもなく足が短いね。高名な動物画家のクリスにしては珍しく下手くそなのかな?』
「マンチカンっていう種類の猫です。足が短い猫なんですよ、ザラ姉さま」
『あ、そういう種類の猫なんだ。下手くそとか言ってごめん、クリス。高名な動物画家さんの腕を疑ったりして本当にごめん』
クリスが差し出した絵を微笑んで受け取ったのはクリスよりも八才年上の女の人。長い金色の髪とルビーのような真っ赤な瞳、魔法使いらしく黒いローブを羽織ったザラ・ブルックテイラーだ。
「マンチカンは短い足の猫同士をかけあわせて作られた猫なんです」
「なるほど、なるほど。〝まんちかん〟もクリスの前世の記憶にあるモノなんだね」
そう言ってクリスお姉さんなザラがにっこりと意味深な笑みを浮かべたのは〝クリスの前世の記憶にあるモノ〟でこれまでもガッツリバッチリ儲けてきたからだ。
ブルックテイラー家は爵位をもらった貴族だけど今も昔も根っからの商人。王立魔法師団に所属する魔法使いなクリスお姉さんも根っこは商人。お金のニオイにはとっても敏感なのだ。
「実際にこの目で見たりさわったりしたことはないんです。テレビや本で見たことがあるだけで」
「……〝てれび〟?」
「一度でいいからなでなで、もみもみ、ぺろぺろしてみたかった……ま、マンチカンたんの短い足に踏みつけられてみたかった……柔らかいと評判の……ね、ねね猫たんの肉球を堪能してみたかった……顔面で……!」
『顔面で?』
質問には答えないまま変態型に変形してしまったクリスにクリスお姉さんは苦笑い。僕は白い目を向ける。
「足が短くない猫の肉球なら今度、堪能させてあげよう」
「本当ですか、ザラ姉さま!」
「クリスが教えてくれた〝れいぞうこ〟。あれの売り上げが予想以上に好調でね。そのお礼だよ」
『猫さん、かわいそうに』
クリスの相棒にして親友にして一番の被害者である僕は同情のため息をついた。人間な二人にペガサスな僕の言葉は伝わらないんだけどね。
だから――。
「そういえば、クリス。明後日、王宮で開かれるパーティに参加するんだってね」
クリスお姉さんは僕のため息なんて気にもしないでころっと話題を変えちゃう。クリスお姉さんの言葉にクリスは変態型から人間型に戻ると青い顔になった。
「王様直々に招待状を送ってきたから……断ったら御家取り潰しになっちゃう」
「一国の王ごときが我がブルックテイラー家を取り潰せるわけないだろう、かわいい弟よ。イヤなら断って構わないし、なんなら私が届いた招待状を叩き返して来よう。国王の顔面に」
『半分本気どころか全部本気だから怖いよなぁ』
「ザラ姉さま、ありがとうございます。でも、冗談でもそんなことは言ったらダメですよ。……だ、誰が聞いてるかわからないし。隠密とか送り込まれてるかもしれないし!」
『クリス、冗談じゃないと思うよ。クリスお姉さん、本気で言ってると思うよ』
「ハッハッハ、安心しろ、クリス。隠密なら定期的にすべて送り返している。こちらに寝返らせた上でな」
クリスお姉さんの豪快な笑い声を聞いてもクリスの顔は青ざめたまま。まぁたテキトーなこと言ってるよーみたいな顔でクリスお姉さんを見上げてる。クリスお姉さんの言葉の本気具合というか、ブルックテイラー家の財力というか影響力というかを箱入り息子なクリスはよくわかってないのだ。ペガサスな僕の方がよっぽどわかってるくらいだ。
それにクリスはある出来事がきっかけでこの国の――エンディバーン国の王様に苦手意識を持ってる。
クリスがまだ小さかった頃。でも、動物画家としてすっかり名前が広まってしまった頃のことだ。王様の命令で王様の肖像画を描くことになった。
でも、クリス。興味のないものはぜーんぜん描けない。へろへろな絵になっちゃう。
それでも大切な家族が――ブルックテイラー家が御家取り潰しになっちゃったら大変と小さなクリスは一生懸命に描いた。その結果、クリスが〝てんせい〟する前に暮らしてたという〝にほん〟の伝統的画法〝へのへのもへじ〟なるもので王様の肖像画を描きあげたのだ。
ところが王様。小さなクリスがへろへろになりながらも一生懸命に描き上げたへのへのもへじを見て――。
「バカにしてるのか!」
と、大人げもなくブチギレた。
すっごい剣幕にクリスはびっくり。それ以来、クリスの中の苦手人物リストの上位に王様はランクインしちゃっているというわけである。
ブルックテイラー家は爵位をもらった貴族だけど今も昔も根っからの商人。一国の王様も簡単にはどうこうできないだけの財力を持ってる。だから王様が怒ったってクリス以外のブルックテイラー家の面々は平然としてるんだけど――。
「断ったら御家取り潰し……断ったら御家取り潰し……!」
ブルックテイラー家の財力と影響力をさっぱり知らない箱入り息子なクリスはやっぱり青い顔をしてる。そんなクリスにクリスお姉さんは苦笑いで肩をすくめた。
「でもまぁ、クリスももう十才だ。少しずつ社交の場にも出て行かないといけない年頃だからね。パーティに参加すること自体はいいことだと思うよ。同年代の友人との交流も必要だ」
『そうそう、同年代の友人との交流も必要だよね。
うんうんとうなずく僕とクリスお姉さんを見上げて、クリスはそれでも不安そうな顔をしてる。クリスを安心させるようとクリスお姉さんはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫。常にいっしょに、というわけにはいかないけれど私もお兄様もクリスが見えるところに必ずいる。だから安心してパーティを楽しんでおいで」
商人としてのにっこり顔じゃない。家族としての、優しくて穏やかなにっこり顔。
でも――。
「ただね、クリス。私のかわいい弟。一つだけ約束して欲しいんだ」
不意に家族としてのにっこり顔の影からひょっこりと商人としてのにっこり顔がのぞいた。
「〝前世の記憶にあるモノ〟の話をパーティでしてはいけないよ。私たち家族とベガ以外には決してしてはいけない。他の誰かに話をしてしまうと大変なことになってしまうかもしれないから」
クリスお姉さんはクリスに向かって立てた小指を差し出した。クリスの〝前世の記憶にあるモノ〟の一つで約束のしるし、〝ゆびきり〟っていうやつだ。
「指切りげんまんです、ザラ姉さま」
クリスがにっこり微笑んで小指に小指をからめるのを見てクリスお姉さんはにっこりと微笑み返した。
「あぁ、〝ゆびきりげんまん〟。約束だ、クリス。私のかわいい弟」
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