閑話 五才のペガサスと女神さん③

『完全に変態型クリスじゃん! 変態吐息吐いてるじゃーーーん!』


 全力でツッコむ僕をよそに変態型に変形した少年は変態吐息と変態セリフを吐きまくる。


「ハァハァ……す、スズメたんの茶色いツヤツヤな羽、どんな感触? おしりの白いふわふわな羽、どんな感触? お顔の黒い羽、どんな感触? ね、ねえねえ……どんな感触……? さ、さわ……さわさわ、さわらせてよ、ハァハァ……」


『うっわー、引くほどクリスだー。変態型クリスだーーー』


 ベッドに横たわったままの少年を見下ろして僕はげんなりとした顔になった。

 僕が知ってるクリスとの違いといえばベッドの上で体を起こすこともできないほどに体が弱ってるから飛びかかってなでなで、もみもみ、ぺろぺろしたりはしないってところ。スズメさんに直接的に迷惑はかからないってところだけ。

 ただ――。


「あぁ~スズメたん、スズメたーん……どうして飛んでっちゃうのぉ……」


『窓越しでも危険って判断されたからでしょ! 変態型に変形したクリスが危険って判断されたからでしょー!』


 チュンチュクチュクチュクとたぶん警戒を知らせる鳴き声を残してスズメたちはあっという間に飛び去ってしまった。僕が知ってるクリスなら窓に駆け寄って、ババーン! と開け放って、人間は飛べないって事実を完全無視してジャンプしていたことだろう。スズメさんたちを追いかけて大ジャンプしていたことだろう。

 でも――。


「す、スズメたーん。なでなで、もみもみ、ぺろぺろさせてよぉー」


 少年はベッドに横たわったまま。窓に向かって腕を伸ばすこともしないし、全然声も出てない。変態型クリスと比べても、クリスパパやクリスママ、寡黙な執事さんと比べても小さくてかすれた声しか出ない。


「クリス・ブルックテイラーはこんな風に前世でたくさんの望みをいだき、しかし、そのほとんどを叶えることができなかったためにあなたと同じ世界に転生したのです」


『なるほど、なるほど。それはさておき、女神さん。ねえねえ、女神さん。叶えちゃいけない望みもあるって知ってる? 世界の生き物たちのためにも叶えちゃいけない望みもあるって知ってる!?』


「転生システムを考えたのは最高神さまです。わたくしは最高神さまの御心に従い、マニュアル通りに転生させただけのこと」


『あ、また上司のせいにしてる』


 謎の光のせいであいかわらず顔が見えない女神さんをジトリと見つめあと、僕は盛大にため息をついた。


『たしかにこれは僕が願ったことかもしれない。一番最後につぶやいた、いっっっちばんどうでもいい願い事を拾われちゃったけど、〝てんせい〟前のクリスを見てみたいって僕が願ったことかもしれない。かもしれない、けどさ……』


「スズメたん、ハァハァ……茶色いツヤツヤな羽、ハァハァ……おしりの白いふわふわな羽、ハァハァ……お顔の黒い羽、ハァハァ……」


 なんて言ってる変態少年を僕は真顔で見下ろして言う。


『これを見て僕にどうしろと? クリスって前世でも変態だったんだなーってわかったところでそのあとどうしろと!?』


「あきらめがつくかと思いまして」


『あきらめ……!?』


 女神さんがあっけらかんと言ってパン! と手を打ち鳴らす。

 あー、その動作! 次に何が起こるか、なんとなくわかる! 知ってる!


『あきらめろと!? クリスの変態は前世からのものだからどーしようもないよねーってあきらめろと!? ……って、無言でにっこり微笑んだまま遠のいていかないで、女神さん! 案の定、視界が暗くなってきたよ、女神さん! このまま逃げ切る気でしょ、女神さーーーん!』


 ていう僕の絶叫は暗闇に吸い込まれて、女神さんの姿も暗闇に吸い込まれていってしまったのだった。


 ***


『逃げ切りやがったな、女神さーーーん!』


「なにごとーーー!?」


 絶叫と共に飛び起きた僕のいななきに驚いてクリスも飛び起きた。クリスパパとクリスママ譲りな金髪碧眼の五才児な姿をしたクリスだ。

 ペガサス用のベッドにいる僕の顔をじっと見つめたあと――。


「……」


 クリスは自分の体をじっと見つめた。飛び起きた拍子にベッドから転げ落ちたからふかふかの絨毯じゅうたんがしきつめられた床にしりもちをついてる状態。手をぎゅっぱ、ぎゅっぱとにぎりしめ、勢いをつけて立ち上がったクリスは口元をへにゃりとゆるめてうれしそうに微笑んだ。

 かと思うと――。


「ベガ、おっはよー! 今日も僕は元気だよ! 生の空想動物、最っ高ー! ペガサス、最っ高ー! ベガの真っ白なたてがみにしっぽに羽、最っ高ーーー!」


『ぎゃーーー! 朝いちから飛びつかないで! なでまわさないで! もみくちゃにしないでー!』


 シュバッ! と五才の幼児とは思えない俊敏な動きで抱きついてきた。


「ハァハァ……べ、ベガの地肌、何色? 何色の地肌してんの、ハァハァ……! なでなで、もみもみ、ぺろぺろ、ハァハァ……!」


『やめて! 言うだけムダだとは思うけどやーめーてーーー! せっかく昨日の夜、執事さんにキレイにしてもらったのに速攻でぼさぼさのベタベタのカピカピになっちゃうじゃん!』


「ベガたん、ハァハァ……ハァハァ……!」


『ぼさぼさのベタベタのカピカピになっちゃうじゃーーーん!』


 後ろ足でちょい、ちょちょいと蹴飛ばしてどうにか遠ざけようとしたけどクリスは僕の首にしがみついちゃって全っ然、離れない。

 やっぱりこの変態っぷりは反省するべきだと思うし、悔い改めるべきだと思うし、徹底的に教育するべきだと思うし、矯正するべきだと思う。これ以上、被害者が増えるのもアレだし、何よりクリスの〝いせかいてんせい〟人生が終わっちゃうことになると困るからすぐにでも徹底的に教育するべきだと思うし、矯正するべきだと思う。

 でも――。


『……まぁ』


 首にしがみつく五才児クリスの元気いっぱい力いっぱいな小さいな体に僕はふー……と鼻でため息をついた。


『ちょっとくらいなら付き合ってあげないこともなくもなくもない、かなぁ……』


 〝てんせい〟前のクリスが叶えられなかった望みのうち、ほんのちょっと。ほんのちょっとくらいならね。まんまと女神さんの思惑にハマった感じでちょっと気に食わないけど……ほーーーんのちょっとくらいなら、ね。

 なんて僕の優しさと心づかいに気付きもしないで――。


「ベガたん、なでなで、ハァハァ……ベガたん、もみもみ、ハァハァ……ベガたん、ぺろぺろ、ハァハァ……!」


『ぎゃーーー! なでなではギリセーフだけど、もみもみはアウトでぺろぺろは完全アウトだからーーー!』


 変態型に変形したクリスは首にしがみついたまま全力でなでなで、もみもみ、ぺろぺろしてくる。ガバッと立ち上がった僕はぶるぶるっ! と体を震わせてクリスを振り落とそうとするけどぜーんぜんダメ。

 オバケみたいにりついて離れないクリスに半泣きになりながら僕は絶叫した。


『前言撤回ー! やっぱりちょっとも付き合ってあげなーーーい!』


「ベガの真っ白な羽、ハァハァ……ベガのふっさふさのしっぽ、ハァハァ……ベガのさらっさらのたてがみ、ハァハァ……!」


『なでなで、もみもみ、ぺろぺろ禁止! 禁止ーーー!』


≪閑話 五才のペガサスと女神さん (了)≫

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