閑話

閑話 五才のペガサスと女神さん①

 これはただの迷惑な変態こと、高名な動物画家のクリス・ブルックテイラーと。

 クリスの相棒にして親友にして一番の被害者なペガサスの僕・ベガが五才だった頃のお話――。


『だぁ~もおぉぉぉ~! やっと寝てくれたぁぁぁ~~~!!!』


 執事さんによってベッドへと運ばれていくクリスを見送りながら僕はワラとかを敷き詰めたペガサス用のベッドにどさりとあごを預けた。クリスの部屋のすみっこに用意された僕専用のベッドだ。


「今日もお疲れさまでした、ベガ」


『まったくだよ、執事さぁーん! 散々なほどになでなで、もみもみ、ぺろぺろされたせいで僕の純白の毛も、たてがみも、しっぽも、羽も、ぼさぼさのベタベタのカピカピだよー!』


 なんて絶叫しながら大きな布で体をふいたあと、丁寧にブラッシングまでしてくれる執事さんのなすがままされるがままに身を任せる。

 人間の五才はまだまだ子供。大人なクリスパパやクリスママと並ぶと五才のクリスはとっても小さい。ペガサスはと言えば二、三才になればほとんど大人のペガサスと同じ体格。五才の僕は僕のお母さんと並んでもほとんど変わらないどころかちょっと大きいくらい。

 だから、小さなクリスに乗っかられるのはどうってことない。

 どうってことないんだけど――。


「生の空想動物、最っ高ーーー! ペ・ガ・サス!! ペ・ガ・サス!!!」


 とか。


「ハァハァ……べ、ベガの地肌、何色? 何色の地肌してんの、ハァハァ……!」


 とかとか。

 謎のハイテンションでなでまわされ、もみくちゃにされるのはぐったりげんなりしちゃう。生まれたてベビーなペガサスだった頃から何度となくやられてることだけどぐったりげんなりしちゃう。体力的にも精神的にもぐったりげんなりしちゃう。

 しかも、これがクリスが起きてるあいだ中ずっと、毎日のようにくり返されるのだ。一周まわってクリスの尽きることのない体力と精神力に感動しちゃう。


『……ほめてはないけど』


 なんてつぶやいてるあいだにも執事さんのブラッシングが心地よすぎて目がとろん……としてきちゃう。


「空想動物……ハァハァ……ペガサス……ハァハァ……」


 聞こえてきた変態吐息に薄目を開けて見るとクリスは人間用のベッドですやすやと眠ってる。つまりはただの寝言。


「なでなで……もみもみ……ぺろぺろ……べ、ベガ、ハァハァ……」


 夢の中でまでなでなで、もみもみ、ぺろぺろされて、ぼさぼさのベタベタのカピカピにされちゃってるのか、僕。

 もぉ~、クリスってばどうしてこうなんだろう。どうしたら変態型クリスに変形しなくなってくれるんだろう。まだ子供だからしかたないのかな。大きくなったら落ち着くのかな。


『それとも〝てんせい〟前からこうで、この先もずーっとこうなのかな』


 まぶたを閉じる寸前、僕が最後に見たのは窓の外をすーっと流れてくお星さま。そういえば、クリスが言ってたっけ。〝てんせい〟前の世界にはお星さまに願い事をする習慣があるんだって。


『どうかクリスが変態型クリスに変形しなくなりますように。せめてもうちょっと大きくなったら落ち着いてくれますように』


 眠りの世界に落ちていく僕の背中をひとなでして執事さんがクリスの部屋をそーっと出ていく。遠のいていく足音を聞きながら僕は眠りの世界の入り口で――。


『〝てんせい〟前のクリスってどんなだったんだろう……ちょっとだけ……見て、みたかった……かも……』


 なーんてつぶやいて、すとーんと眠りの世界に落ちて行ったのだった。


 ***


「ベガさん、初めまして。わたくし、この世界を含むヘルネヨ地区の転生者の管理を担当しております、女神セタザリアと申します」


 ぺこりとお辞儀する薄着の女の人を一瞥いちべつ。真っ白な空間をぐるりと見まわし、僕は再び女の人に目を向けた。


『女神さん、初めまして……って、えっと……後ろからのすんごい光で顔が見えないんだけど?』


「わたくしの美しさは筆舌に尽くしがたく、絵にも描けない美しさのため、謎の光が発生して顔が見えない仕様となっております」


『……なるほど』


 さっぱりわからない。でも、重要じゃなさそうだからテキトーに聞き流そう。


『それで、転生者の管理を担当してる女神さんがペガサスな僕にどんなご用?』


「あなたのご友人であるクリス・ブルックテイラーはわたくしが転生させたのです」


『諸悪の根源……!』


 クワッ! と目を見開き、パカパカとひづめを鳴らして地団駄を踏む僕を女神さんは落ち着いて、落ち着いて……と手で制す。

 ……いや、落ち着いてられないんですが!?


『目の前に諸悪の根源がいるのに……!』


「わたくしは諸悪の根源ではありません。たしかに転生者の管理を担当しておりますが、転生システムを考え出し、導入したのはわたくしではなく創造神さま。最高神さまです」


 鼻息荒く、パカパカパカパカとひづめを鳴らしまくるペガサスに恐れをなしたのか、あっさり上司を売る女神さん。


「転生システムとは生前、叶わなかった望みが九十パーセントを超えている場合に適用されるシステムです。前世で叶えることのできなかった多くの望みを、転生先で少しでも解消してから天の門をくぐってもらいたいという最高神さまの恩情なのです」


『へー、そうなんだー』


「しかし、最高神さまは転生者により多大な迷惑を被っている方への恩情も忘れません。そんな方へのフォローもわたくしの仕事の一つ。……そんなわけでクリス・ブルックテイラーの転生によって多大な迷惑を被っているあなたの願いを一つ、叶えることになったのです」


 へー、そんなフォローもしてるんだ。

 ていうか、僕。客観的に見ても、最高神さんや女神さん的に見ても迷惑かけられてるんだ。クリスに迷惑かけられてるんだ!


『それなら早速、願いを叶えてよー! クリスが変態型に変形しないように、僕のことをなでなで、もみもみ、ぺろぺろしてぼさぼさのベタベタのカピカピにしないようにしてよー!』


 パカパカと地団駄を踏んで訴える僕に女神さんはきょとんとした調子で言った。


「え、あ……そっち、ですか?」


『え、逆にどっち? どっちの僕の願いを叶えようとしてるの?』


「もうしわけありません。この場にお連れした時点で叶える願いは決まってしまっているのです」


『いや、だから! その叶えるのが決まっちゃってる願いってそっちじゃなかったらどっち!? どっちの願いを叶えようとしてるの!?』


 ぺこりと頭をさげる女神さんに鼻の穴を大きくして怒鳴る僕だけどそんなのお構いなし。


「それでは早速、参りましょう」


 女神さんがパン! と手を打ち鳴らした瞬間、僕の視界は真っ暗になって――。


『だから! そっちじゃなくてどっちの願いを叶えようとしてるのーーー!?』


 僕の絶叫も暗闇に吸い込まれていってしまったのだった。

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